レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民 ――国内事例の動向――
研究全体の概要 本研究は、シリア難民のグローバルな経済的生存戦略の動態を明らかにする。19世紀末以降に歴史的シリア(現在のシリアとレバノンに相当する地域)から海外移住したレバノン・シリア系移民は、現在に至るまで自らの商才を生かして世界各地…

世界最多の人口を抱えるインドには多様な宗教が存在する。独立後のインドは、たびたび困難と失敗を経験しながらも宗教間の共生を模索し、民主主義を維持してきた。しかし近年、ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭によって宗教対立が激化し、ムスリムの人権侵害が数多く報告されている。今やインドの民主主義は危機に瀕しているといえよう。
こうした状況の下、インドは世界最大規模の食料安全保障制度である公共配給制度(PDS)を運営している。この制度は、貧困線以下の世帯が配給所で穀物などを低価格で購入できる仕組みであり、制度上は宗教による差別は存在せず、ムスリムも受給対象である。しかし、現在の社会情勢を踏まえると、実際の運営においてムスリムが十分な配給を受けられていない可能性は否定できない。
本研究の目的は、インド都市部のスラムに暮らすムスリムによる公共配給制度(PDS)の利用実態を明らかにすることである。近年、急速な都市化によりデリーのスラムは拡大し、生活環境の悪化が深刻化している。スラムとヒンドゥー・ナショナリズムの拡大の影響により、特にイスラーム教徒のスラム住民は経済的・社会的に特に周縁化された存在であると考えられるため、本研究の対象とした。
最終的には、ヒンドゥー教徒による利用状況と比較することで、PDSが少数派であるムスリムにとって貧困の連鎖を断ち切る有効な制度となり得るのかを検討する。また、本研究を通じて、社会保障制度の利用という観点からヒンドゥー・ナショナリズムの影響がもたらす構造的暴力の実態を明らかにし、社会的弱者に寄り添う視点を培いたいと考える。

フィールド・ワークはデリー首都直轄領ニューデリーのジャーミア・ナガル内のNoor NagarスラムとSaram Viharスラム、さらにハリヤナ州グルガオンSector62のナングリ・ウマープール・スラムで行った。これら三つのスラムは、西ベンガル州やビハール州、アッサム州、ウッタル・プラデーシュ州から移住してきた人々の居住地であり、スラム内の住民の大多数はイスラーム教徒である。
調査では、ムスリム住民とNGO職員に対し、PDSの利用状況についてインタビューを行った。その結果、ムスリム住民のPDSへのアクセスは極めて限定的であることが明らかになった。インタビューに応じた19世帯のうち、配給を受けるためのRation Cardを持つのはわずか4世帯であり、さらに実際に8月に配給を得られたのはそのうち2世帯のみであった。配給を受けられなかった世帯は、サーバー障害や政府からの食糧供給不足を理由に配給所で配給を拒否されたと証言した。
一方、Ration Cardを持たない15世帯は、移住前の居住地では自身のRation Card を持ち、PDSを利用していたが、新しい居住地ではRation Cardの新規発行申請すら行っていなかった。政府が定める規定上は、居住証明書や身分証明書があれば新規発行が可能であるにもかかわらず、「政府は私たちのために何もしてくれない」という不信感から申請を諦めていたのである。さらに、Ration Cardを取得した4世帯のうち3世帯は仲介業者を通じて発行しており、世帯人数×2000ルピーという高額な費用を支払っていた。結果として、経済的に余裕のある世帯のみがPDSにアクセスできる状況となっている。
NGO職員は、今回の調査で4世帯もPDSを利用できていたのは、調査地がムスリム居住者の多い地域に位置しているためではないかと指摘した。
以上より、PDSへのアクセスの制約は、宗教的差別の問題に加え、国内移民の状況とも深く結びついていると考えられる。
今回の最大の反省点は、ヒンドゥー教徒が多数派のスラムで調査を行えなかったことである。調査対象となった三つのスラムはいずれもムスリム居住者が集中する地域に位置しており、とりわけジャーミア・ナガルは近年ゲットー化が進み、多くのムスリムが安全を求めて移り住んでいる。そのため、比較的迫害や差別が生じにくい環境である可能性が高い。もしムスリムが多数派の地域では差別が起こりにくいのであれば、比較対照としてヒンドゥー教徒多数派のスラムでの調査は不可欠であっただろう。
今後は、ヒンドゥー教徒が多数派のスラムにおけるムスリム住人のPDS利用実態を調査する予定である。また、今回の調査ではヒンディー語通訳者を通してスラム住人へのインタビューを実施したが、スラム住人とのより円滑な意思疎通と質の高い調査を実現するため、今後はヒンディー語の習得にも力を入れていきたい。
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