京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

タナ・トラジャの中山間地域の棚田とそれに関わる環境・文化・社会制度の研究 /棚田耕作者の生活に着目して

サル・サレ村の棚田における調査の図

対象とする問題の概要

 棚田とは山の斜面上や谷間の傾斜20度以上の斜面上に作られる水田のことを指す。棚田は平野が少ない中間山間地において、人々が食料を生産するために作り出した伝統的な農業形態である。しかし、棚田は一般的に耕地面積が狭い事や機械の導入が難しい事、急な斜面上に存在しアクセスが悪いことなどといった理由から耕作放棄されることが多い。一方で土砂崩れの防止、水の涵養といった多面的機能が見直されるとともに観光資源としての活躍も期待され、棚田の復興の試みも広がっている。こうした状況は棚田の存在意義が時代を通じて変化しているということもできる。ここで現在もなお棚田耕作を維持している社会において構造、文化、制度、自然環境などといった多角的な観点から、棚田がもつ役割を観察・考察することは、中山間地域における棚田の意義を再定義することにつながり、さらには棚田の保全と復興の取り組みへの助力につながると考えられる。

研究目的

 棚田耕作が現在も継続されている地域において棚田と人々の文化及び社会的連関性について解明し、棚田の地域内の存在意義を定義することが今回の調査の目的である。今回はタナ・トラジャという地域に着目した。スラウェシ島のほぼ中央部に位置するタナ・トラジャはインドネシアにおいても棚田が多く存在する地域として有名である。今回の調査では棚田所有者に対してインタビューを行い彼らの生活の実情や棚田を含めた斜面地の利用法や管理方法について聞く。また、GPSなどの測定器を用いて棚田及び周辺を調査し棚田の特徴や周辺環境を把握する。これらを通して棚田による耕作を支える環境や社会制度、文化を観察し、タナ・トラジャにおける棚田の役割を解明する。

サル・サレ村における棚田調査の図

フィールドワークから得られた知見について

 今回の調査ではタナ・トラジャに存在するサル・サレ村という場所で調査を行った。サル・サレ村はタナ・トラジャの中心都市であるランテパオから南西に位置しており村民のほとんどが農業に従事している。サル・サレ村には4か所棚田が存在し、そのうち1か所の棚田において参与観察を行い、それぞれの棚田の所有者に家族構成や所得層など土地所有者の実態や、田植えの時期、肥料の種類など農業に関する様々な質問を行うなどの聞き取り調査を行った。また棚田及び棚田周辺を散策して、サル・サレ村における農業技術・文化などを観察した。まず、ここの棚田は灌漑設備が整備されておらず、また圃場整備・作業の機械化も進んでいなかった。つまり生産効率が低い伝統的農業形態により営まれていた。しかし、棚田所有者は雨季には天水を利用し稲作を行い、雨の降らない乾季には米の代わりに水を多く必要としない野菜類を育てていた。さらには魚を棚田内で養殖している者も見受けられるなど、この地域の住民は棚田及びその斜面を自らの食料生産の場として利用していた。タナ・トラジャでは水牛が儀礼に使用するという点で非常に重要な資源であり、水牛の飼料とするための雑草を管理する仕組みが見られた。雑草を入手するという点で棚田の畦畔に生える雑草を飼料とし、高所にありアクセスが困難な棚田では米の生産の代わりに牛の飼料用の雑草が植えられているなどしていた。この雑草利用という切り口から棚田とタナ・トラジャにおける文化の関連性が見られた。また棚田の水路のつまりを防ぐため年に一回共同して水路の清掃を行うなど一種のゴトン・ヨロンの習慣が存在していた。このようなインドネシア及びタナ・トラジャにおける農村内の社会文化が棚田耕作継続を後押していると考察可能である。これらの例からタナ・トラジャにおける棚田は社会文化・制度と関連性があると言える。

反省と今後の展開

 今回の調査では前半1ヶ月間タナ・トラジャでの調査に向けた準備をマカッサルで行い後半3週間ほどトラジャに滞在した。この時間的制約から今回の調査は1か所の棚田に集中した限定的な情報しか得られなかった。次回の調査ではより長い期間を設け調査範囲を拡大し、サル・サレ村及び隣接する村に存在する棚田及び棚田所有者に対しても対象を増やす予定である。また今回の調査では棚田に関わる文化や制度を調べることが目的であったが、これでは詳細なテーマが曖昧な状態であり、具体的な目的を立てることが難しかった。次回の調査では調査の対象をさらに絞り、調査目的や計画をより明確なものにしてから訪問する予定である。また、言語能力にも制約がありインタビューを行っても理解できない部分が残ることもあった。次の調査までに言語能力をさらに向上させることに努めるとともに録音機器の使用を増やすことも考えている。

  • レポート:丹羽龍一(平成28年入学)
  • 派遣先国:インドネシア
  • 渡航期間:2018年10月10日から12月2日
  • キーワード:棚田、中山間地域、文化との関連性

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