京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

台湾原住民アミ族の舞踊――伝統の継承と創造のバランスの中で――

写真1:原住民族舞踊講座の様子

対象とする問題の概要

 台湾には現在、政府が公認する原住民族が16族あり、それぞれに独自の言語や文化を保持している。しかしながら、原住民の文化は、外部勢力による同化政策により世代間の断絶があり、社会集団の維持や文化の継承が困難な状況にある。さらに経済発展による生産様式の消滅や若者の離村が加速している。このような状況下でも、集落の祭りの時期には地元に帰り、祭りに参加して伝統の歌や踊りを楽しむという若者も少なくない。
 台湾の花蓮県には、台湾最大の原住民人口を誇るアミ族のほか5つの主要な原住民族が居住しており、その豊かな原住民文化は花蓮の重要な文化として認識されている。毎年「花蓮県原住民連合豊年祭」が行われ、それぞれの民族の料理や特産品、手工芸品の販売に加え、原住民言語の歌に合わせて民族衣装を着た原住民たちが歌や踊りを披露する。このような地域の祭りの場で民族舞踊はどのように受け継がれ、表象されているのかを明らかにする。

研究目的

 本研究では、現代の台湾原住民の舞踊表現活動に着目する。グローバル化によって均質化が進む状況下において、舞踊作品に自身の文化的アイデンティティを映し出す、原住民アーティストによる現代舞踊作品は近年注目が高まっている。彼らにとって伝統的な民族舞踊は、言語を介さずに民族の文化や思想を反映し表現する重要な表現方法のひとつだ。
 民族舞踊を新たな表現形態に創り変えようとするとき、その舞踊を構成する要素を取捨選択するわけだが、その踊りのどのような要素が民族舞踊を構成しているのだろうか。あるいは民族のどのような習俗文化が踊りとして表出しているのだろうか。
 本調査では台北駐日経済文化代表処台湾文化センターで開催された原住民族舞踊講座に参加し、2021年に行われた花蓮の豊年祭で踊られたアミ族の民族舞踊を実際に習うという行為を通して分析し、舞踊とアミ文化との繋がり、動作や表現上の特徴を考察する。

写真2:踊りの際に着用する民族衣装の「情人袋」と調査者

フィールドワークから得られた知見について

 アミ語の歌曲に振り付けられた舞踊に見られた特徴は、以下の3点である。
1.地面を踏みしめる脚の動き
 全体を通して、脚で地面を踏みしめる動きが顕著である。また跳ねる動きが多用されるが、上へ高く跳躍するのではなく、強く地面を踏み重心を低くしたまま運動が行われる。よく、西洋の舞踊が「伸びる」ことに力を入れているのに対して、東洋の舞踊は「かがむ」ことを根本理念としていると指摘される[1]。例えばバレエはトゥシューズの着用からもわかる通り、重力から逃れ高みを目指し、天への憧れを示す。対してアミの舞踊には地に向かうベクトルの動きが多く、生業である農業との関係もうかがえる。
2.円のフォーメーション
 トルコのイスラム神秘主義教団の旋回舞踊は、踊り手個々人が旋回を繰り返すが、アミ族の舞踊では日本の盆踊りと同様に、踊りの一連のステップの中で群舞として旋回する。円というフォーメンションには、正面や始まり、終わりが存在しない。アミの永遠性を願う精神性と、コミュニティの結束力の強化を促進する。また円形は隣の人と手を繋ぐことで保持される。繋いだ手を前後に振る動きが非常に多く、これは踊りに推進力を生むだけでなく、踊り手に一体感を強く意識させる。
3.アミ文化と大衆文化
 踊りの中で、生業に直接的に関わりの深い具体的な動作、たとえば魚を捕まえる、海藻を採る、畑を耕すといった動きがみられる。踊りの動作は一般的に抽象度が高く、一挙手一投足に意味を持つわけではないが、ここでは、農業や海岸部での漁業といったアミ文化が具体的に身体動作で表現される。
 一方で具体的な事柄を表現するのではなく、単にリズムを取る動きも散見される。ポップカルチャーを取り入れることで、観光客や若い原住民に対する親しみやすさや、覚えやすさを獲得している。

反省と今後の展開

 豊年祭の開催は、伝統文化の見直しによって、衰退していた民族の文化を再認知し活性化させることが期待でき、また村を離れた若者にとっても、原住民文化を改めて知る機会となる。花蓮県のユーチューブチャンネルでは、踊り方を示した動画や、アミ族が暮らす自然豊かな環境で撮影されたプロモーションビデオなどを公開し、積極的に情報発信をしている。伝統の維持や継承が困難な状況下で、民族舞踊に本来的にはなかった「外部の者に見せる」「観光客を呼び込む」といった目的が加わり、現在の原住民舞踊も新しいあり方を模索している最中であるといえよう。
 さらに芸術として民族舞踊を昇華し、原住民アーティストが作品化する時、民族文化や舞踊は再解釈され、現代舞踊として表出される。祭りでの継承の仕方とはまた違った方法で作り変えられる現代舞踊のあり方について今後調査したい。

参考文献

郡司正勝1991『郡司正勝刪定集 第3巻』白水社

  • レポート:松倉 祐希(2021年入学)
  • 派遣先国:(日本)東京都港区
  • 渡航期間:2022年6月20日から2022年8月30日
  • キーワード:台湾原住民、豊年祭、民族舞踊、観光

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