京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代イランにおけるイスラーム経済/ガルズ・アル=ハサネ基金を事例に

基金の窓口の様子

対象とする問題の概要

 イランの金融制度は1979年のイスラーム革命に伴い、全ての商業銀行が無利子で金融業務を行うイスラーム金融に基づくものとなった。イスラーム金融は1970年代に勃興して以来成長し続けている反面、中低所得者の金融へのアクセスや、多様な金融需要への対応に対して課題を有しているとされる。イランでは、国全体の金融制度が全てイスラームに基づいたものとなっているため、中低所得者層の金融へのアクセスや金融需要に対する課題がイスラーム銀行と従来型の銀行が併存する他のイスラーム世界の国と比較して深刻とされる。そのような中、イランではガルズ・アル=ハサネと呼ばれるイスラーム経済における無利子貸与の仕組みを用いたガルズ・アル=ハサネ基金という名の基金が存在し、商業銀行の上述の金融アクセスや現金需要の課題を補完する形で機能しているとされる。本研究ではこのガルズ・アル=ハサネ基金の社会的・経済的な役割を明らかにする。

研究目的

 本研究の目的は、上述のイスラーム経済の無利子貸与を用いたガルズ・アル=ハサネ基金の社会的・経済的役割を明らかにすることにある。ガルズ・アル=ハサネ基金は中低所得者層の金融へのアクセスを提供しておりイランの経済を支えている重要な要素の一つであるとされる。そのため、本研究を通じて基金が現代イランの経済に対してどの程度影響を与えているのかを明らかにしたい。同時に現代イランのイスラーム経済の実態についてもより詳しく解明したいと考えている。現代イランの研究は政治・経済的な文脈でなされたものが多く、イランのイスラーム経済に関する情報は多くない。またイスラーム経済研究は湾岸諸国や東南アジアなどを中心としたものが多いこともあり、そういった背景からもイランのイスラーム経済に関する実態は明らかになっていない。そのため本研究はイランのイスラーム経済の実態をイスラーム金融や、ガルズ・アル=ハサネ基金に着目し行う。

アーシューラーの行進の様子

フィールドワークから得られた知見について

 テヘランにあるガルズ・アル=ハサネ基金のうち3つに赴きその運営者から基金についての聞き取り調査に成功した。聞き取り調査では基金の社会的・経済的役割や、イランにおけるイスラーム金融へのアクセスに関する課題、基金運営の具体的情報やグラミン銀行を応用したマイクロファイナンスの新たな形、イランにおけるイスラーム経済などについての情報を得ることに成功した。またテヘラン大学の近くのエンゲラーブ広場周辺の本屋にて、ペルシャ語で書かれたイスラーム経済に関する書籍を2冊、ガルズ・アル=ハサネ基金に関する書籍を2冊、イランのアーヤトッラーのファトワー集を6冊、合計10冊の書籍の収集に成功した。さらに、イランの中央銀行の調査機関で経済白書を発行している“The Monetaryand Banking Research Institute”の研究者3人と面談し、ネットワークを築くことに成功した。その際、その研究者の方々からイランのイスラーム経済やガルズ・アル=ハサネ基金についての情報を聞くことができた。具体的には基金の社会的・経済的役割やその変容などについて聞くことができた。またイランにおけるイスラーム経済に関する研究の最新情報や、最新の論文を入手できるウェブサイト、イスラーム経済を中心とした書籍を刊行する出版社などの研究を行うにあたって有意義となる情報なども聞くことができた。この面談を通じて親睦をさらに深めた結果ネットワークの構築に成功した。そのため帰国後も最新情報や論文などを送っていただいている。また9月8日~10日にかけて行われたアーシューラーと呼ばれるシーア派の宗教行事の参与観察をすることにも成功した。イランはシーア派を中心としたイスラーム国家体制をとっており、シーア派の一大行事を参与観察することで、イランやシーア派に関する視座を深めることに成功した。

反省と今後の展開

 今後の展開としては、今回の調査から得られたイランのイスラーム経済やガルズ・アル=ハサネ基金などに関する知見を用いてイランのイスラーム経済に関する理解を深めていくことを目的に研究を続けていく予定である。具体的には博士予備論文の執筆に向けて、今回の渡航を通じて入手した文献資料の内容理解を深めるとともに、基金の運営者や研究所の研究者の方々からの聞き取り調査の内容をもとにイランにおけるイスラーム経済や、ガルズ・アル=ハサネに関する分析を行っていく。またそれにあたって、世界的なイスラーム経済・イスラーム金融の研究動向や、イランの経済状況に関する視座を踏まえたうえでイランのイスラーム経済及びガルズ・アル=ハサネの研究を行っていき、博士予備論文の執筆にあたりたいと考えている。

  • レポート:川向 善基(平成30年入学)
  • 派遣先国:イラン・イスラーム共和国
  • 渡航期間:2019年9月1日から2019年9月14日
  • キーワード:イラン、イスラーム経済、ガルズ・アル=ハサネ(カルド・ハサン)

関連するフィールドワーク・レポート

インドネシア大規模泥炭火災地域における住民の生存戦略 /持続的泥炭管理の蹉跌を超えて

対象とする問題の概要  インドネシアは森林火災や泥炭の分解による二酸化炭素の排出を考慮すれば、世界第3位の温室効果ガス排出国となる(佐藤 2011)。泥炭湿地林の荒廃と火災は、SDGsの目標15 「陸の豊かさも守ろう」に加え、目標13 「気…

ケニアのMara Conservancyにおける 住民参加型保全の取り組みについて

研究全体の概要  近年、アフリカにおける野生生物保全の現場では、自然環境だけでなくその周辺に住む人々を巻き込み、両者の共存を目指す「住民参加型保全」というボトムアップ型の保全活動が注目されている。本研究のフィールドであるMara Conse…

2021年度 成果出版

2021年度における成果として『臨地 2021』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2021』院⽣臨地調査報告書(本文,26MB)ISBN:978-4-905518-35-8 発⾏者京都⼤学…

モロッコにおけるタリーカの形成と発展(2019年度)

対象とする問題の概要  モロッコにおいては、15世紀に成立したジャズーリー教団が初の大衆的タリーカである。ジャズーリー教団は後のサアド朝(1509-1659)によるモロッコ統一に助力するなど政治的にも存在感を発揮し、現在の北アフリカ・西アフ…

オーストラリアにおけるブータン人コミュニティの形成と拡大――歴史的背景に着目して――

対象とする問題の概要  オーストラリアでは1970年代に白豪主義が撤廃されると、東アジア系、東南アジア系、南アジア系など移民の「アジア化」が進展してきた。またオーストラリアは移民政策として留学生の受け入れを積極的に行ってきた。特に1980年…

ケニアの都市零細商人による場所性の構築過程に関する人類学的研究――簡易食堂を事例に――

対象とする問題の概要  ケニアでは2020年に都市人口の成長率が4%を超えた。膨張するナイロビの人口の食料供給を賄うのは、その大半が路上で食品の販売を行う行商人などのインフォーマルな零細業者である。その中でも、簡易な小屋のなかで営業されるキ…