京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

観光が促進する地域文化資源の再構築と変容 /バンカ・ブリトゥン州の事例から

開発中の観光地のマングローブ、バンカ島中部漁師村にて

対象とする問題の概要

 本研究の目的は、インドネシア錫鉱山地域における観光開発に着目し、観光開発を通して、地域文化がどのように再構築・変容され、地域の人々に理解されるようになってきたかを明らかにすることである。本研究の対象地であるバンカ・ブリトゥン州は、18世紀以降、世界的に有名な錫産地であり、2000年に南スマトラ州から独立したばかりの新しい州である。それまで同州では、南スマトラ州と一括りにされていたことや、多民族地域ゆえに地域文化が曖昧であったことなどから、独自の文化を模索する機会はほとんどなかった。ところが州の成立、そして地域の人々が観光開発へ関心を向けつつある社会変化の中で、同州の人々は独自の文化を模索し始めるようになっている。
 近年、観光開発のノウハウが蓄積されていることから、ボトムアップ型の観光開発が活発に行われている。地域住民が中心となって観光開発を進めている同州を同時代的に調査することにより、観光開発の中で、どのように地域住民が地域独自の文化が発展させ、表象するようになっているかが明らかになると考える。

研究目的

 本研究はバンカ・ブリトゥン州における観光において、
① 中央・地方政府、現地NGOや企業、そして地域住民などの多様なアクターが、どのような文化を地域文化として認識し、動員・利用しているのか
② その過程で地域文化がどのように変容・再創造されてきたか
③ 多様なアクターの営為の結果、全体としてどのような地域文化像が作り出されてきているのか
を明らかにすることを目的とする。

ブリトゥン島のセメントを用いたアクセサリー

フィールドワークから得られた知見について

 同州は錫鉱山開発によって多民族地域となった。観光の場において、人口の約7割を占めるムラユ人の文化だけでなく、華人など多様なエスニック・グループの文化が表象されていることが前回までの調査で明らかになっている。しかしながら前回の調査では、ムラユ人及び華人以外の文化が動員されている様子を十分に確かめることが出来なかった。そこで今回の調査では、観光開発に携わるブギス人などに着目し、開発中もしくは開発が完了したばかりの新しい観光地で聞き取り調査を実施した。
 同州には華人やブギス人、ジャワ人などの多様な民族が錫鉱山開発によって流入しており、現在もその多くが定住している 。 [1] 同州の観光開発は、ムラユ人や華人が中心となって推し進められることが多いが、今回私が訪れたバンカ島中部の漁村ではブギス人が中心となって観光開発を始めていた。ここで彼らが売り出そうとしていたのは、マングローブ、そしてこの地域にしか生息しない生物であり、鉱山開発等によって失われた美しい自然を観光開発によって再生し、保全しようと試みている。また当観光地は漁村の中にあり、漁村の日常生活を垣間見ることもできる。これまで同州の人々の語りから、漁業に従事する人々 [2] が差別されてきた様子が伺われてきたが、観光開発が進むにつれ、漁村も観光地として漁村の外の人々から注目され始めているようである。
 加えて同州では、多民族文化だけでなく、現在に至るまで州を支えている錫鉱山自体も地域の文化として観光地で表象され始めている。今回の調査では、錫鉱山跡地を利用した観光地へ赴いた。この観光地はブリトゥン島に位置するが、同様に鉱山跡地を利用した観光開発はバンカ島でも見受けられる。また同州は錫だけでなく、セメントなどの鉱質資源も豊富である。ブリトゥン島では、島で採掘されたセメントを用いたアクセサリーなどを販売したり、島で栽培したコーヒーを土産物として販売したりする動きが見られた。このように今回の調査では、多民族文化のみならず、錫鉱山がある種の地域の文化として認識されていることや、島由来で魅力あるものを模索する人々の動きが明らかになった。


[1] ムラユ人約71%、華人約11%、ジャワ人約5%、ブギス人約2%とされている。[岡本2012]

[2] 船を所有する網元などは例外であるが、彼らの収入、生活・教育水準の低さなどから他の職業に携わる人々と比較して「低い階層」として認識されているようである。

反省と今後の展開

 今回の調査では、ブギス人による漁村での観光開発の動き、そして錫鉱山自体を地域文化として認識している様相、さらに地域の人々による「地域らしさ」の模索の動きを把握することができた。これまでの調査結果では、多民族文化(特にムラユ文化と華人文化)が混交している様相が伺えたが、観光開発は現在進行形で行われており、継続的な調査および検討が必要不可欠である。また、今回インタビュー予定であった現地のインフォーマント1名と現地で予定が合わず会うことが出来なかったため、次回以降の調査で再度日程を調整する予定である。博士予備論文執筆後は、博士論文に向けて継続して同州を対象に研究を行う。

参考文献

【1】岡本正明.2012.「慣習継承の政治学」鏡味治也編『民族大国インドネシア』木犀社,221-242

  • レポート:二重作 和代(平成30年入学)
  • 派遣先国:インドネシア共和国
  • 渡航期間:2019年8月12日から2019年9月6日
  • キーワード:観光開発、地域文化、多文化、錫鉱山

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