京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

食料安全保障政策に対する村落社会の反応 /エチオピア・オロミア州の事例

緊急食料支援の様子(2019年11月1日支給)

対象とする問題の概要

 エチオピアでは干ばつ等の発生による食料不足の事態が頻繁に起こっており、これに対し政府は2005年から食料安全保障政策としてプロダクティブセーフティネットプログラム(以下PSNP)を実施している。PSNPは食料が慢性的に不足する世帯のショック時のレジリエンスを向上させ、資産の創設や食料の安定した確保を可能にすることを目的としている。PSNP対象世帯のうち、労働力を有する世帯には道路舗装や土壌保全等のパブリックワーク(以下PW)の報酬として食料または現金が1年のうち6カ月間給付される。労働力を有さない世帯には無償で通年給付される。しかし、PSNP受給世帯の選定・卒業基準の不透明性や、受給世帯から非受給世帯への食料の分配が指摘されている[Bazezew 2012; Sabaes-Wheeler et al. 2013]。また、受給世帯へのPSNPの影響については量的研究が多くされている一方で、非受給世帯を含めた村落社会への影響についての研究は少なく、特に質的研究はほとんどされてこなかった。

研究目的

 食料供給の不安定なエチオピアの村落社会では受給世帯、非受給世帯が混在している状況であり、今後PSNPを継続していく中でコミュニティへの影響を多角的に見ることは重要であると考える。そこで、本研究の目的は、PSNPの対象地域において、非受給世帯を含む村落社会全体にプロジェクトが与える影響、またその影響に対する村落社会の対応を明らかにすることである。具体的には、選定・卒業基準の曖昧さが村落内の人びとの関係性に与える影響や、PWを通して行われるインフラ整備や環境保全が村落社会に与える影響について分析を行う。今回はオロミア州アルシ県ドドタ地区ディレ・キルト村の一集落に48日間滞在し、参与観察・聞き取り調査を行った。

パブリックワーク(PW)を行っている公園

フィールドワークから得られた知見について

 調査した集落の全世帯数はおよそ20世帯(世帯の数え方は現在検討中)、構成員数は全101人である。そのうち3世帯がPSNPのPW受給世帯であり、DS受給世帯はいなかった。PW受給世帯のうち明らかに貧しい受給世帯は、子どもが血縁関係のない豊かな非受給世帯の家畜の放牧を請け負うことで現金収入を得るなど、他世帯からのサポートを受けていた。一方で1世帯は所有する農地・家畜が比較的多く、豊かでない非受給世帯(寡婦世帯)からねだられる場面も見受けられた。ただしこの背景に選定の不透明性があるかは現段階では不明である。
 調査地は降水量が不安定な地域であり、去年は少雨のためにひどい不作に見舞われ、4カ月前から毎月緊急支援(Relief program)として地区内の各世帯に1人当たり小麦15kg、食料油500ml、レンズマメ1.5kgが給付されている。一方でPSNP受給世帯は規則として他の現金・食糧支援を受け取ることができず、また収穫した穀物が尽き現金の必要性が増す8月から11月に給付を得られないため、血縁関係のある他世帯から支給された食料の分配を受けていた。血縁関係のない他世帯からの再配分は見られず、PSNP受給世帯に近い親族に大きな負担がかかっていると考えられる。
 また、PWの実施期間は1月から6月にかけてであったため今回の調査で実際の活動を観察することはできなかった。PWの一環で3年前から土壌保全の取り組みが行われる公園(集落から5kmほどの距離)を訪問すると、現在は人・家畜の立ち入りは禁止されていた。しかし、近いうちに生育したソーンツリー(主に燃料として使用される)を伐採して各集落に分配するということであった。ただしソーンツリーの生育数は依然として少なく、集落内の全世帯の燃料としてどれほどをカバーできるかについては疑問が残る。また道路舗装も行われているが、公園に行くまでの道の整備に限られており、他の集落も含め村へのインパクトは少ないように見受けられた。

反省と今後の展開

 次回の調査に向けての課題として、まず実際にPWを観察できていないことが挙げられる。1月から6月の間に再度訪れ、①受給世帯にとってPW自体がどれほど生活においての負担になるか、②給付される現金または食料を彼らがどのように消費するか、③緊急食料支援を受け取る他世帯との授受のやり取りはどう変化するか等について観察・聞き取りを行う予定である。さらに、公園のソーンツリーの集落への分配が開始されていた場合、各世帯がどれだけ受け取れるか、そして受給・非受給世帯がPWを有益と捉えているかについても調査したいと考えている。
 また、今回の調査では聞き取りした項目に世帯ごとのばらつきがあるため、次回の調査で不足する項目を補完する必要がある。それに加えて、村の委員会からPW受給世帯の選抜理由を、また受給・非受給世帯からPSNPに対する考えを聞くことで、PSNPと村落社会との関係についてより追究していきたい。

参考文献

【1】Bazezew, A. 2012. PRODUCTIVE SAFETY NETS PROGRAM AND HOUSEHOLD LEVEL GRADUATION IN DROUGHT-PRONE AREAS OF THE AMHARA REGION OF ETHIOPIA: A CASE STUDY IN LAY GAINT DISTRICT.” Ethiopian Journal of Environmental Studies and Management, 5 (4), pp. 604-612.
【2】Sabates-Wheeler, R., Lind. J., and Hoddinott. J. 2013. Implementing Social Protection in Agro-pastoralist and Pastoralist Areas: How Local Distribution Structures Moderate PSNP Outcomes in Ethiopia. World Development, 50, pp. 1-12.

  • レポート:田代 啓(平成31年入学)
  • 派遣先国:エチオピア
  • 渡航期間:2019年8月6日から2019年11月15日
  • キーワード:食料安全保障、Cash for work、Food for work、村落社会

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