京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ミャンマーにおける農山村地域の生業の変遷

ミャンマーのパフォーマンスアートの巨匠エーコー氏

対象とする問題の概要

 私はこれまで、ミャンマー・バゴー山地においてダム移転村落に暮らすカレンの人々の焼畑システムの変遷と生業戦略についてフィールドワーク及び論文執筆を行ってきた。ミャンマー国内の情勢は近年大きく変化している。調査対象地の村人の生業の変遷について詳細な聞き取りを行うことで、研究蓄積の少ないミャンマーの農山村地域の変化をミャンマーの社会経済の流れの中に位置づけることができた。昨今は日本でもビジネスや観光の面でミャンマーへの関心が高まっている。ミャンマーという国の歴史や文化についてより深い理解が一般社会でも求められている。このような流れの中、次なるテーマとして、地域や民族を限定せずにミャンマーに生きる人々へのインタビューを通し、一般的に語られるミャンマーの激動の現代史が個人の人生にどのように影響してきたのかを明らかにすることを試みた。

研究目的

 今回の渡航の目的は、調査対象者に、より多様性を持たせ、ミャンマー国内の生業がいかに変化してきたかについて広く日本社会に発信することである。以上の目的を達成するため、2つの課題を設定した。①ミャンマーの産業の中心であるヤンゴンには様々な地方から多様な民族の人々が職を求めて移住している。彼らの個人史について詳細な聞き取りを行うことで、ミャンマーの激動の現代史の中で人々がどのように暮らしてきたのかを明らかにする。②調査で明らかになったことを一般社会にわかりやすく伝えるため、成果物としてまとめ、アウトプットを行う。

ビルマ竪琴の工匠チッテー氏

フィールドワークから得られた知見について

 本報告では、特に興味深かったミャンマーアート・音楽について2名のミャンマー人男性に対して行ったインタビューについて報告する。
 第一に、ミャンマー美術界を牽引してきたアーティスト、エーコーに対して行ったインタビューを報告する。1980年代の民主化運動の流れの中、アーティストたちは表現の自由を求め厳しい検閲に反発し、次々に投獄された。そんな中、彼らが思想表現の形として活路を見出したのが、パフォーマンスアートだ。絵画やオブジェは検閲に引っかかり公表することができなかったため、形に残さないことを選んだのだ。現在、エーコーは若手の育成に力を注いでおり、無償のアート教室を開催し、世界で活躍するパフォーマンスアーティストを輩出している。ミャンマーアートの歴史は、ミャンマーの政治を変えようと闘ってきたアーティストたちの歴史であった。このインタビューの内容は、メコン流域諸国のアートについてまとめたウェブサイト(https://auraart-project.com/galleries/)に掲載された。
 第二に、ビルマ竪琴の職人に対して行ったインタビューについて報告する。竪琴はピュー時代から宮廷音楽の華やかな舞台で演奏されてきた。私がインタビューを通して出会った職人や竪琴奏者はエーヤワディ地方の出身者が多かった。これについて調べたところ、エーヤワディ地方で古くから信仰されている土着神のウーシンジーと関係があることが分かった。ウーシンジーはその昔竪琴の名手であったが、その音色に魅了された島の女神に溺死させられ、そのまま神になったという。しかし現在では土着神の信仰は薄れてきている。竪琴の工房数も国内に4か所のみである。家業を継がずに海外へ出稼ぎに行くなどの他の職業へ就労する選択肢が増えていることに加え、海外音楽への興味関心が高まり、ギターやバイオリンの人気が高まっているためだという。このインタビューの内容は、途上国の情報発信をしているウェブサイトに(https://www.ganas.or.jp/20200324burma/)掲載された。

反省と今後の展開

 聞き取りを通して多くのことを学ぶことができた。言語の壁もあり、最初は表面的な情報しか教えてくれなかった聞き取り対象者も、何度も通ううちに様々な情報を教えてくれるようになり、より深い聞き取りに繋がった。私は今後、ジャーナリストとしてテレビ局で働くことが決まっている。ジャーナリストとしての仕事も、フィールドワーカ―と通ずるものがあると確信している。テレビ局では東南アジア圏のドキュメンタリーをつくることを希望している。それにつながるたくさんの経験と知識を今回のフィールドワークを通して得ることができたのが、最も大きな収穫だった。東南アジア圏、特にミャンマーのより深い理解ができるよう、もっと知識を深める努力をしていこうと考えている。

  • レポート:小林 美月(平成29年入学)
  • 派遣先国:ミャンマー
  • 渡航期間:2019年7月21日から2020年2月28日
  • キーワード:エクスプローラー、報告書

関連するフィールドワーク・レポート

ケニアの都市零細商人による場所性の構築過程に関する人類学的研究――簡易食堂を事例に――

対象とする問題の概要  ケニアでは2020年に都市人口の成長率が4%を超えた。膨張するナイロビの人口の食料供給を賄うのは、その大半が路上で食品の販売を行う行商人などのインフォーマルな零細業者である。その中でも、簡易な小屋のなかで営業されるキ…

ナミビア・ヒンバ社会における「伝統的」及び「近代的」装いの実態

対象とする問題の概要  本研究は、ナミビア北西部クネネ州(旧カオコランド)に居住するヒンバ社会の「伝統的」及び「近代的」装いを記述するものである。ヒンバはナミビアの代表的な民族であり、しばしば美化されたアフリカのアイコンとして描かれる。腰に…

焼物を介した人とモノの関係性 ――沖縄県壺屋焼・読谷村焼の事例から――

研究全体の概要  沖縄県で焼物は、当地の方言で「やちむん」と称され親しまれている。その中でも、壺屋焼は沖縄県の伝統工芸品に指定されており、その系譜を受け継ぐ読谷山焼も県内外問わず愛好家を多く獲得している。 本研究ではそのような壺屋焼・読谷村…

南アジアにおけるイブン・アラビー学派

対象とする問題の概要  本研究では、イスラームの代表的スーフィーであるイブン・アラビー(d. 638/1240)の思想が、南アジアにおいてどのように受容されてきたのかを明らかにすることを目指す。その際、19-20世紀インドのウラマー・スーフ…

現代ブータンにおける都市農村関係――ブータン東部バルツァム郡在住者・出身者の繋がりに着目して――

対象とする問題の概要  第二次世界大戦以降、第三世界諸国における農村都市移動と、それに伴う都市の人口増加が顕著にみられる。また、都市において、同じ出身地域で構成される同郷コミュニティの形成が数多く報告されている。特にアジアやアフリカ諸国では…