京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

スリランカにおけるインド・タミル人清掃労働者の研究/差別に抗するマイノリティの日常実践

清掃労働者コミュニティのメンバーの一部は靴や鞄の修理屋として働いている。

対象とする問題の概要

 インド・タミルはスリランカに居住するタミル人のうち、英植民地時代に南インドから移住した特定のカースト集団をルーツにもつ者を指す。そして、その多くが紅茶等のエステート(=プランテーション)労働者であることからエステート・タミルと同意で用いられることが多い。エステート・タミル対しては、主要産業における労働力であることや、インド政府の干渉もあって福祉政策がとられてきた。その一方、エステート・タミルは、市民権の剥奪や、マジョリティであるシンハラ人への雇用創出のための追放政策の対象にもなり、時代によって様々な政策に翻弄され、その存在は支援や研究の対象にもなってきた。本研究の対象であるインド・タミル清掃労働者は、地方自治体に雇用され、道路清掃、廃棄物回収・処理の現場作業を担当している者たちである。そのルーツにおいてはエステート・タミルと共通しているにもかかわらず、エステート・タミルとは異なり、政策や研究の対象にその名を見出しにくい。

研究目的

 研究対象は否定的なレッテル貼り等、差別的な扱いを受けることが多く、居住地や職業選択が限定されており構造的差別に晒されていると言える。こうした状況に社会的運動をもって抗するにあたっては自己範疇化し組織化をする例が多く見られる。エステート・タミルについては労働組合が結成され、政治的利益を代弁する政党が作られた。(それらが労働者の利益を真に代弁するものでるかはここでは問題にしない。)またインドの清掃労働者カースト(ダリト)は権利の主張のためにアイデンティティ・ポリティクスを展開している。しかし、スリランカのインド・タミル清掃労働者にはそういった動きは見られない。このような状況の中でインド・タミル清掃労働者がいかに、差別的なまなざしの中で、生き抜いているのかを知ることが本研究の目的である。

キャンディ市マハイヤーワ地域は国内で最大級の清掃労働者コミュニティである。
高台から臨むと隙間なく建つ家々に圧倒される。

フィールドワークから得られた知見について

 インド・タミル人清掃労働者の数少ない先行研究では、1920年代以降、地方自治政府が整備された際に、清掃労働者として集団移住した特定のカースト集団がその最大のルーツであることが指摘されているが、その詳細は明確ではない。彼らに関して現在の差別的状況の現出、政策や研究による対象化=範疇化されてこなかった要因、また自己範疇化による社会的運動を行ってこなかった要因については、そのコミュニティのルーツについて詳細を明らかにし、考察することが不可欠である。そのため、今回の調査では清掃労働者コミュニティの構成員の系譜とその出生地を中心に聞き取り調査を行った。
 調査は北西部州クルネーガラ県クリヤピティヤ町の清掃労働者集落を中心に、上述の先行研究の調査地でもあるキャンディ県キャンディ市マハイヤーワ地域でも行った。クリヤピティヤ町の清掃労働者コミュニティの世帯数は103世帯であり、最終的には全世帯調査をする予定であるが、今回はこのうち15世帯ほどから話を聞いた。一方、キャンディ市マハイヤーワ地域では10世帯程度から話を聞くことができた。
 コミュニティの構成員の出生地については近隣地域のほかに、紅茶エステート地域やスリランカ・タミルの多く居住する北部州、東部州等、多岐に渡ることが判明した。これはそれらの地域にも、歴史的にインド・タミル清掃労働者コミュニティと何らかの繋がりを持つコミュニティが存在することを示しており、それらはカースト、職業等において連続性を持つ者たちである可能性が高い。

反省と今後の展開

 今回のフィールド調査では、清掃労働者コミュニティのルーツを明らかにするという目的が先行してしまい、今後必要となる、清掃労働者の置かれた差別的状況の客観的な検証に必要となるコミュニティ構成員の学歴や、カースト等に関する聞き取りができなかった。次回のフィールド調査時にはインタビュー項目の事前検証を十分に行いたい。
 また、現地で手に入る資料の収集について、今回の渡航では目的として重視していなかったために準備不足で国立公文書館等必要な施設への訪問ができなかった。歴史的な事象については聞き取りだけではなく文書資料も不可欠であるため、次回以降は資料収集についても念頭に置き、事前手続きを十分に行いたい。

  • レポート:清水 加奈子(平成29年入学)
  • 派遣先国:スリランカ
  • キーワード:インド・タミル人、清掃労働者、差別、アイデンティティ、スリランカ

関連するフィールドワーク・レポート

幻想と現実はいかにして関わっているか ―岩手県遠野市の「民話」文化と語りとの影響関係の調査―

研究全体の概要  「妖怪」は人間が身体によって触知した自然世界から生じた、人間の想像/創造の産物であるとされている[小松 1994]。本研究では、岩手県遠野市(以下、遠野)において、当該地域で伝承されてきた河童や座敷童子などの、一般に「妖怪…

口琴の表象と伝承――アイヌ民族のムックリが演奏され続けるということ――

研究全体の概要  口琴は、東南アジアを含むユーラシア大陸に広く分布している。非常に単純な構造だが、演奏の仕方によっては音が全く変わってしまうという奥の深い楽器である。モン族は恋愛の場で用い、ラフ族の口承の物語にも魅力的な楽器として登場してい…

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2019年度)

対象とする問題の概要  植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチ…

霊長類研究者とトラッカーの相互行為分析/DRコンゴ・類人猿ボノボの野外研究拠点の事例

対象とする問題の概要  本研究の関心の対象はフィールド霊長類学者の長期野外研究拠点における研究者と地域住民の対面的相互行為である。調査地であるコンゴ民主共和国・ワンバ(Wamba)村周辺地域は類人猿ボノボの生息域である。1970年代から日本…

ニジェールの首都ニアメ市における家庭ゴミと手押し車をつかった収集人の仕事

対象とする問題の概要  ニジェールの首都ニアメでは急速な人口増加と都市の近代化が政治的課題となっており、近年とみに廃棄物問題が重要視されている。急激な都市化にガバナンス体制や財源、技術の不足が相まって、家庭ゴミの収集がおこわれていない、もし…