インドネシア・ロカン川河口域における地形変化による生業変化
対象とする問題の概要 研究対象地域はインドネシア・スマトラ島東海岸のロカン川河口域であり、同地域は1930年代のオランダ統治時代に、ノルウェーに次ぐ世界第2位の漁獲量を誇るインドネシア最大の漁獲地であった。しかし、1970年代以降、漁獲量…
本研究の調査地であるワンバ周辺地域は、コンゴ民主共和国中部の熱帯雨林地帯に位置する。大型類人猿ボノボの生息地である当地域では、1970年代より日本の学術調査隊がボノボの野外調査を始め、現在までおよそ40年間研究が続けられている。ワンバ周辺地域には、焼畑農耕民ボンガンドが居住している。ボンガンドの人びとは、生業的には焼畑農耕民に分類されるものの、狩猟・漁撈・採集活動もさかんにおこなっており、現在でも自然に強く依存した生活を営んでいる。ボノボ研究者が野外調査での経験を書いたモノグラフにおいても、ボンガンドの人びとは、豊富な自然の知識、森での移動や探索に卓越した能力を持つ「森の水先案内人」として描かれてきた。
ボノボ研究者に続いて人類学者も、ワンバ周辺地域においてボンガンドの生業、相互行為などを対象にこれまで多くの研究成果を残してきたが、上述の「森の水先案内人」として特筆される能力、環境をどのように認識し森での活動を達成しているのか、それ自体は主要な研究対象とされてこなかった。
本研究の目的は、ワンバ周辺地域に居住する焼畑農耕民ボンガンドが環境をどのように認識し森での活動を達成しているのか、彼/彼女らの環境認識について知見を与えることである。その手段の一つとして、ボンガンドの景観語彙の分類に注目する。認識人類学の伝統において、色彩や親族体系、生物や植物の民族分類は、その民族の持つ世界観を反映するものとして探究の対象とされてきた。本研究では、景観、より一般的には環境を分類する語彙がどのような知識体系を持つのかについて明らかにする。
聞き取り調査により20代から50代の男女計6人からおよそ200語の景観や空間に関連する語彙を収集した。収集した語彙とその説明から得られたボンガンドの景観語彙分類の特徴を以下の2点、①外観の際立ちによる分類、②生業との関連による分類、から捉えた。ここではその一例を示す。
①liyekeは蛇行した河川が短絡し、時が経過することで取り残される旧河道、いわゆる三日月湖を指す。短絡する河川や短絡した直後の旧河道にも別々の呼び名があり、川の地形に関する語彙は詳細な体系を持つ。bolikoは地上から木の幹を伝い延びた蔓や蔦が樹上に作る絡まりを指す。yemboは森の中の谷地に位置する雨水でできた池を指す。
②etoko はキャッサバを浸けたり、水を汲んだりすることに利用する水場を指す。ɛɔkɔは体や服を洗う水場を指す。
注目すべきは、①外観の際立ちによって分類できる環境であっても、その場所では何をするのかという知識とともに語られることが頻繁にあるということである。上に述べたliyekeはボートを用いて進入し網や釣り針を用いた漁をおこなう場所として、bolikoはサルやヘビや小動物が隠れられる場所を提供するものとして、yemboは日常的に人は利用しないが動物は水を飲む場所、あるいは酒造りの水や壁材の泥を得るために女性のみときどき利用する場所として語られる。ボンガンドの人びとの環境認識においては、環境を分類するということは真空中でなされるのではなく、活動(人に限らず他の動物の場合もありうる)と一体のものとして成し遂げられている。
今回のフィールドワークでは、ボンガンドの環境認識に関して、景観語彙に注目することでその知識体系を明らかにした。しかしながら、知識体系という大きな枠組みの一方には、ボンガンドの人びとがさまざまな活動を営む中でどのように環境を認識しているのかという、語彙によって体系化されていない実践的な側面が存在しているだろう。今後の展開として、トラッカーとして働くボンガンドの人びとが森でボノボを探索する場面など、実際の展開される活動を対象に、録音録画機器を用いたミクロな分析をおこなう。活動の中で、発話・ジェスチャー・環境がどのように相互に作用し、ボンガンドの人びとに認識されるのか、その様相を明らかにしていく。
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