京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

小笠原諸島において気候変動の影響をうけるアオウミガメの保全と利用

亀煮(父島)

研究全体の概要

 小笠原諸島は気候変動の影響を受けやすいアオウミガメの世界的な産卵地として知られている。そしてまた、アオウミガメの保全と食利用が同時におこなわれている珍しい地域である。しかしながら、アオウミガメの保全と食利用についての包括的な研究は少ない。本研究では、現在の小笠原諸島でおこなわれている保全と食利用の実態を調査することで、それらが併存する関係性を明らかにすることを目的とする。調査結果から、保全活動では地域社会に寄り添った組織によって保全活動が推し進められていた。利用では島ごとにウミガメ調理法は異なり、島ごとの食文化が形成されていることが確認できた。このように、ウミガメの保全と食利用が並行しておこなわれている背景には、アオウミガメが地元住民の文化に深く根ざしていることに起因していることが明らかになった。本研究で漁と消費の関係まで言及できていないため、それらを今後の課題とする。

研究の背景と目的

 小笠原諸島は、絶滅危惧種(VU)であるアオウミガメの産卵地として世界的に知られている。アオウミガメは産卵から孵化までの温度により性決定する(Yntema & Mrosovsky,1980)が、近年の気候変動の影響により、地球温暖化が小笠原諸島のアオウミガメの繁殖と生態に影響を与えている可能性が指摘されている(Kobayashi et al. 2020)。小笠原諸島では、このように気候変動に対して影響を受けやすいアオウミガメを、伝統的に食料資源としても利用してきた。現在では保全と食利用が継続的におこなわれている世界でも珍しい地域として知られている。しかしながら、小笠原諸島におけるアオウミガメの保全と食利用についての包括的な研究は未だ少ない。本研究では、小笠原諸島における現在のアオウミガメの保全と食利用の関係を、人類生態学的な視点から明らかにすることを目的とし、それらに対する島民の理解がどのようにして得られてきたのかを考察する。

アオウミガメのモニュメント(母島)

調査から得られた知見

 小笠原諸島のうち民間人が居住しているのは父島と母島のみであることから、両島における現在のアオウミガメの保全と食利用について比較した。
 父島での保全事業は、NPO法人エバーラスティングネイチャーが運営する小笠原海洋センターが担い、人工孵化放流や産卵巣数調査、標識放流調査などの活動がなされていた。一方、母島では母島漁業協同組合が担い、人工孵化放流や産卵巣数調査がなされていた。両島ともに、地域社会に根ざした組織によって保全活動が進められていた。
 ウミガメの食利用としては刺身(亀刺)、煮込み(亀煮)などが代表的な調理法であり、両島ともに地元の飲食店や民宿で提供されていた。しかしながら、父島の亀煮は塩を中心とした味付けであるが、母島の亀煮は醤油と砂糖で味付けしており、調理法において地域差があった。
 食に用いられるアオウミガメは、地元のウミガメ漁師によって捕獲されていた。小笠原諸島でのウミガメ漁は年間135頭の捕獲頭数制限が課せられており、また漁期が3月から5月に限定されることから、ウミガメ漁を現在おこなっている漁師は非常に少なく、島内もしくは島外で他の職業を持っていることが一般的だった。
 このように、両島においてアオウミガメの保全と食利用が同時におこなわれることが可能な背景には、島民のアオウミガメの理解によるところが非常に大きい。たとえば、地元の小学校の5年生は総合学習の時間において、アオウミガメの生態を産卵・孵化から放流までを学ぶ機会があった。また、島内には写真のように各所にウミガメの像が設置されたり、飲食店では解体後の甲羅が飾られていたり、ウミガメを主題にした歌が残されていたりしていた。このように、地域住民がアオウミガメを身近に感じるような教育や文化の形成が、保全の推進力となり、同時に食文化への寛容さを両立していると考えられる。

今後の展開

 今回の調査により、小笠原諸島におけるアオウミガメの保全と食利用は地元住民の教育や文化に支えられることで、協調的におこなわれていることが明らかになった。しかしながら、今回の調査では、実際にどのようにウミガメ漁が営まれているのか、捕獲されたウミガメがどのような流れを経て地元社会で消費されているのかを明らかにすることはできなかった。漁と消費についての関係性をより詳細に把握することで、食利用についての実態がより鮮明になると考えられるため、更なる調査が必要である。
 また、ウミガメ漁を営む漁師は現在とても少ないことから、ウミガメ漁が今後永続的に活動できる保証はないことが示唆された。小笠原諸島におけるウミガメ漁そのものを残した記録は現在も皆無に等しく、伝統的なウミガメ漁の記述を残しておくことは、小笠原固有の文化の記述につながるため、今後の課題として非常に重要である。

参考文献

 Yntema, C. L., and Nicholas Mrosovsky. “Sexual differentiation in hatchling loggerheads (Caretta caretta) incubated at different controlled temperatures.” Herpetologica (1980): 33-36.
 Kobayashi, Shohei, et al. “Investigating the effects of nest shading on the green turtle (Chelonia mydas) hatchling phenotype in the Ogasawara islands using a field‐based split clutch experiment.” Journal of Experimental Zoology Part A: Ecological and Integrative Physiology 333.9 (2020): 629-636.

  • レポート:山口 優輔(2019年入学)
  • 派遣先国:(日本)東京都小笠原村父島・母島
  • 渡航期間:2021年1月31日から2021年3月1日
  • キーワード:小笠原諸島、アオウミガメ、保全、気候変動、人類生態

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