京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民 ――国内事例の動向――

手作りのシリア料理をいただく。インフォーマントの出身地域では、サラダやホンモスが油に沈んでしまうほどに料理でオリーブオイルを多用するという。

研究全体の概要

 本研究は、シリア難民のグローバルな経済的生存戦略の動態を明らかにする。19世紀末以降に歴史的シリア(現在のシリアとレバノンに相当する地域)から海外移住したレバノン・シリア系移民は、現在に至るまで自らの商才を生かして世界各地で社会的・経済的成功を収めてきた。他方、2011年に生じたシリア難民は、受け入れ国では排他的な政策を受け、国際社会からは「支援される」客体として眼差される傾向が強い。この同じ地域出身者の国外移住が時代ごとに異なる視角から研究される背景には、「移民」と「難民」を区別する既存研究の強固な分析枠組みがある。しかし、今日ではシリア難民の様相に多様化が見られ、移住先でそれまでの同移民集団と同じように活躍する人も珍しくはない。そこで本研究は、シリア難民をレバノン・シリア系移民の歴史的系譜の中に位置づけることで、固定化された難民像に縛られない彼らの主体性に光を当てることを目指す。

研究の背景と目的

 本研究は、難民と移民を峻別する視座ではなく、150年にわたる「レバノン・シリア系移民」という一連の移動の枠組みの中にシリア難民を位置付けて分析する。本調査の対象は、1880年以降のレバノン・シリア系移民と2011年以降のシリア難民である。
 報告者は、2020年度に実施した前回の調査では、日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館(以下、アジ研)を訪問したほか、日本在住レバノン・シリア系移民(シリア難民を含む)への聞き取り調査を実施した。同調査では、調査対象者の越境性と生活実態を掴むことができた一方で、調査対象者と出身国とのつながりや、親族ネットワーク、滞在ステータスなどの情報が不十分であるという課題が残った。そこで本調査では、前回の調査を深化させるべく、アジ研で、関連文献や統計資料の追加収集を行った。さらに前回の調査でお会いした日本在住のレバノン・シリア系移民に再会し、聞き取り調査を実施した。

アジ研付近で偶然見かけたナツメヤシ(カナリーヤシ)の木。この木の実は、
中東では生デーツとして愛されており、報告者がこの写真を撮影した9月頃が食べごろ。
関東でも生デーツを見ることができたのは驚きであった。

調査から得られた知見

 今回の調査は、首都圏在住のレバノン・シリア系移民を対象としている。18世紀末以降、レバノン・シリア系移民はグローバルに広がり、現在1,000〜1,450万人が世界各地に点在している[黒木 2019: 237-238]。彼らのうち日本で在留外国人として登録しているのは、レバノン人183名、シリア人951名である[法務省 2020]。この他にすでに帰化した者もいるため、日本在住のレバノン・シリア系移民全員がそのデータに登録されているわけではないが、いずれにせよ日本は同移民集団の主要な移住先とは言い難い。
 このように遠く離れた日本にまでも移住した彼らの語りからは、世界各地に同郷者ネットワークが張り巡らされていることが明らかとなった。全てのインフォーマントが、来日時点でフランスや、スウェーデン、サウディアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、レバノンなどでの長期滞在経験を有していた。さらに、彼らの親族は中東のみならず欧州、アフリカ、北米などに越境していた。先行研究によると、先に移住した親族や知人の存在は、彼らが移住先を選ぶ主な動機となるが、日本は例外事例のようである。多くのインフォーマントは、一人一人異なる動機を持つものの、総じて自ら進んで日本に越境していた。しかし、彼らにとって日本で生活を送ることは、食べ物や言語、就労の問題などが障壁となり、多くの困難を伴う。そのような中で彼らの日本生活は、同郷者の存在が大きな支えとなり、彼らにとって過ごしやすい方法で、いきいきと生活を送っていた。報告者が彼らの強かな姿を目にすることができたのは、何よりも貴重な体験であるように感じた。
 また、アジ研では、レバノン・シリア系移民の国際的なネットワーク形成の手がかりとなる、同移民集団の世界的な越境先分布図のほか、レバノンとシリアの主な貿易相手国や主要な貿易品目などが記された文献や統計データを収集することができた。

今後の展開

 今回の調査は、前回と同様に全国的な緊急事態宣言期間中であった。聞き取り調査の遂行にあたっては、感染対策を万全に行い、インフォーマントの安全を最大限に配慮した。当初は、郊外在住のレバノン・シリア系移民にも面会し、インタビュー調査や参与観察を実施する計画であった。しかし、調査期間中に感染拡大の状況を鑑みて急遽面会の予定がキャンセルとなるなどの事態が生じた。そこで、オンライン通話でのインタビューに切り替えるなど臨機応変に対応することで、調査を完遂することができた。しかし一方で、報告者はインフォーマントと直接面会することは、身をもって大切だと感じている。そのため、今回の調査で面会が叶わなかったインフォーマントとは、コロナ禍が終息した頃に再会し、お話を伺える日が来ることを切実に願っている。さらに、海外渡航が叶った際には、レバノン・シリア系移民と故郷を繋ぐネットワークの全体像の解明にも取り組みたい。

参考文献

 黒木英充,2019,「レバノン・シリア移民の拡散とネットワーク」永原陽子編『人々がつなぐ世界史』ミネルヴァ書房, pp. 233-258.
 「在留外国人統計2020年6月調査結果」(法務省 出入国在留管理庁)https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00250012&tstat=000001018034&cycle=1&year=20200&month=12040606&tclass1=000001060399&tclass2val=0(公開日2020年12月、2021年9月26日に利用).

  • レポート:中西 萌(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)首都圏
  • 渡航期間:2021年9月4日から2021年9月13日
  • キーワード:レバノン・シリア、移民、難民、ネットワーク、生計

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