京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

限界集落における移住事業者と地元住民――静岡県賀茂郡南伊豆町沿岸集落の事例――

調査対象集落の海水浴場

研究全体の概要

 地方では過疎化や限界集落の増加が深刻な問題となっている。そして近年、それらの問題の対策の切り札として都市から農村・漁村への移住者が注目されており、多くの地方自治体が様々な政策で移住者誘致に励んでいる。その効果もあり、またリタイア後の田舎暮らしブームや都市では経験できないことを提供する場として田舎が人気となったこともあり、都市から地方への移住者が増加傾向にある。しかし移住者が現地に馴染むことができず元々居住していた場所に帰って行くという話は枚挙にいとまがない。また移住者と地元住民の間でコンフリクトが発生しているという指摘もなされている。そこで本研究では先行研究でほとんど扱われてこなかった、限界集落で事業を始めるために移住してきた”移住事業者”に注目する。そして移住事業者の流入してきた限界集落において、地元住民がどのように生活空間を維持・管理しているのかを明らかにすることを目的とする。

研究の背景と目的

 これまでの移住者研究は、広い家、広い庭、大自然などいわゆる田舎暮らしを求めて引っ越してきた移住者に焦点を当てており、限界集落で商売を始めるためにやって来た”移住事業者”に焦点を当てた文献は少ない。田舎暮らしを求めて移住してきた移住者とは異なり、移住事業者は自身の生計を成立させるため、より多くの人間を外から呼び込む。そして外から来る人が増えることにより、騒音や見知らぬ人が増えることによる居心地の悪さ、治安の悪化する可能性やコロナ感染リスクの増加などのトラブルが集落内で起こりやすくなると想定される。そこで本研究では、移住者のなかでも特に限界集落で商売を始めるために移住してきた移住事業者と地元住民の関係性に着目し、移住事業者の流入してきた限界集落において地元住民はどのように彼らの生活空間を維持・管理しているのかを明らかにすることを目的とする。

調査対象集落の街並み

調査から得られた知見

 今回は静岡県賀茂郡南伊豆町の人口約120人、高齢化率65%の沿岸集落に居住し、参与観察及びインタビュー調査を実施した。
 この地区は1970年代の民宿ブーム時に海や砂浜を活用した観光業で栄えた。しかし客離れ・観工業従事者の高齢化・跡継ぎ不在により、1990年代ごろから衰退が始まった。全盛期には67軒あった民宿は年々減少し、現在は3軒を残すのみとなっている。そしてこの集落には2018年以降、ゲストハウスや飲食店など観光業を経営する事業者が5軒移住してきた。
 移住事業者は集落内の掃除や草刈りなどの行事に積極的に参加するなど、貴重な労働力として役立っている。また集落内で歴史のある古民家をリフォームし、そこで古民家カフェやシェアスペースを始めるなど、文化的にも貢献している。加えて一部の事業者は地元住民が経営する釣具店や釣り船屋、弁当屋と経済的な繋がりもあり、集落内で経済が部分的に回っている。
 しかし移住者の事業が時として現地住民の生活空間を侵害する場合がある。例えば夜間の騒音や外から大勢のお客さんを集落内に呼び込むことによる地元住民のコロナ感染リスクの増加などである。このようなトラブルが起こった時、集落内でその噂・情報が一瞬で広がる。その結果移住事業者に直接抗議できる一部の地元住民が口頭で抗議する。またその情報は当事者以外の移住事業者にも流れてくる。その場合、別の移住事業者が当事者にアドバイスを送ることもある。また当事者も地元住民の態度や反応で自分のことについて噂されていると察することができる。現在、この地区では移住事業者の比率が1割以下である。そのため地元住民との間に軋轢が起き、一部の住民に直接抗議され、周辺住民に噂をされた場合、移住事業者は精神的にかなりの負荷がかかり、集落内で生活できない状態に近づく。そこで移住事業者は自らの行動を省みて、地元住民に配慮した方法で彼らの事業を運営する方法を模索するようになる。

今後の展開

 今回の調査で主に話を伺ったのは、移住事業者及び集落の65%を占める65歳以上の高齢者であり、研究では地元住民を同一視し、地元住民と移住事業者という二項対立の関係性から考えた。そこで次回の調査では、移住事業者と比較的年齢の近い65歳以下の住民に焦点を当て、インタビュー調査を行う。そして地元住民も年齢や生い立ち、生業によってカテゴライズし、移住事業者と地元住民を含む複数のグループの関係性から集落内居住者がどのように集落内の生活空間を維持・管理しているのかについて明らかにしたい。また今回は半農半漁の沿岸集落に加えて山に囲まれた集落でも同様の調査を試みた。しかし調査期間中私が居住していた集落が沿岸集落だったこともあり、山の集落内では思うように人脈を作ることができず、調査が難航した。そこで次回の調査では、生業や気候、住民の性格が沿岸集落とは異なる山の集落にも居住しながら調査し、沿岸集落との比較を行いたい。

  • レポート:谷 優太郎(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)静岡県賀茂郡南伊豆町
  • 渡航期間:2021年6月29日から2021年10月16日
  • キーワード:限界集落、移住事業者、共生、地域社会学、コミュニティ

関連するフィールドワーク・レポート

マダガスカルにおけるドゥアニ信仰の生成/温泉を祀る聖地を中心に

対象とする問題の概要  マダガスカル共和国の中央高原地帯(メリナ人居住地域)および西部地域(サカラヴァ人居住地域)においては近年、在来信仰のドゥアニと呼ばれる聖地が、国内外から多くの巡礼者を集めている。特に中央高原地帯では巡礼者の増加に伴っ…

東アフリカと日本における食文化と嗜好性の移り変わり――キャッサバの利用に着目して――

研究全体の概要  東アフリカや日本において食料不足を支える作物と捉えられてきたキャッサバの評価は静かに変化している。食材としてのキャッサバと人間の嗜好性との関係の変化を明らかにすることを本研究の目的とし、第1段階として、キャッサバをめぐる食…

ケニアのMara Conservancyにおける 住民参加型保全の取り組みについて

研究全体の概要  近年、アフリカにおける野生生物保全の現場では、自然環境だけでなくその周辺に住む人々を巻き込み、両者の共存を目指す「住民参加型保全」というボトムアップ型の保全活動が注目されている。本研究のフィールドであるMara Conse…

モザンビーク共和国における地場小規模製造業の発展について /マプト州マトラ市の金属加工業を事例に

対象とする問題の概要  モザンビークは増加する人口と豊富な資源を背景に世界平均を上回る経済成長を遂げてきた。しかし、その多くは一次産品に依存しており、工業製品の多くは輸入で賄われている。GDPに占める工業の割合は増加しているが、その半分以上…

ケニアにおける国民統合を求めて――SAFINAとPaul Muiteの歩みとその思想――

対象とする問題の概要  ケニアにおいて従来は流動的であった各民族集団への帰属は、イギリスによる「分割統治」を基本とする植民地支配と独立後の特定民族の優遇政策、特に不平等な土地分配を経て、固定性と排他性を帯びるようになった。こうした状況におい…

エチオピア地方都市における保健普及員の活動と住民の行動変容

対象とする問題の概要  アルバミンチ市は、エチオピア南西部に位置し、地方あるいは郊外から人びとが流入し、年々人口が増加している地方都市である。道路の整備や拡充、小学校から大学・専門学校までの教育施設の整備、観光地化が著しく、街が市街地へ拡大…