京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代ブータンにおける都市農村関係――ブータン東部バルツァム郡在住者・出身者の繋がりに着目して――

首都ティンプーの景観

対象とする問題の概要

 第二次世界大戦以降、第三世界諸国における農村都市移動と、それに伴う都市の人口増加が顕著にみられる。また、都市において、同じ出身地域で構成される同郷コミュニティの形成が数多く報告されている。特にアジアやアフリカ諸国では、同じ出身集落との同郷的・部族的、親族的な関係性が顕著にみられる[関根編 2004]。そうした同郷コミュニティは、都市における社会形成の媒体となっているだけでなく、都市移住者と出身農村地域との媒体にもなっている[鰺坂 2002]。以上を踏まえ、本研究ではヒマラヤの山岳国家ブータンの都市農村関係の一端を明らかにしたい。ブータンは1960年代まで「鎖国」状態であり、現在の首都ティンプーも80年代でさえ片田舎の小さな町に過ぎなかった[今枝 2008]。しかし、近代化・グローバル化の波はブータンにも押し寄せている。他の第三世界諸国に見られるように、農村から都市への人口移動、都市化の進行に加え、耕作放棄地や空き家の増加など農村の過疎化も進みつつある。

研究目的

 本研究では、現代ブータンにおける都市農村関係の一端を明らかにするため、同一農村の在住者(農村在住者)と出身者(都市在住者)の繋がりに着目する。都市農村関係の研究は、他にも農産物の流通や都市住民による農村観光など見られるが、本研究では人口移動やそのネットワークに着目する。具体的には、①家族レベルで農村都市移動はどのような実態がみられるか、②家族内で農村在住者と都市移住者にどのような繋がりがみられるか、③都市移住者は都市の同郷コミュニティをどのように利用しているか、④都市移住者や都市の同郷コミュニティは出身農村のコミュニティにどのように寄与しているか、を明らかにすることである。調査期間は2022年9月~10月の1か月間で、調査地域は首都ティンプーと東部の農村バルツァム郡である。調査方法はインタビュー調査と参与観察である。

東部農村バルツァムでのコミュニティワーク

フィールドワークから得られた知見について

  1. 農村都市移動の家族レベルの実態
  2. 家族内での農村在住者と都市移住者の繋がり
    農村都市移動の実態やその家族レベルでの繋がりを分析するために、バルツァム郡在住の高齢者7名に半構造化のインタビュー調査を行った。その結果、インフォーマントの子供合計26名のうち、23名がバルツァム郡から他出しており、そのうち11名が首都ティンプー、5名が海外(オーストラリアやアメリカなど)に他出していた。他出の動機は就職・結婚等が多く、帰省の理由に関しては、親の病気や怪我、祭事への参加が中心であった。海外への他出者は、国内での他出者に比べて帰省の頻度が少ない一方、送金はより高額である傾向がみられた。農村在住者と(国内・海外の)都市移住者で送金や帰省等を通じての交流が確認できた。
  3. 都市移住者の出身同郷コミュニティとの関わり
    首都ティンプーにおけるバルツァム郡コミュニティについて。ティンプーにはバルツァム郡から300名程度移住しており、オンライン(telegram)のコミュニティが存在している。バルツァム郡からのティンプー移住者は、このコミュニティや同郷の伝手を利用し、住居や職業の斡旋を受けていた。またこのコミュニティは、ティンプーで病気や葬式があった際の相互扶助や、バルツァム郡で葬式や仏教儀礼などがあった際の寄付を募る役割等も果たしていた。
  4. 都市移住者や同郷コミュニティと出身農村コミュニティの関り
    都市移住者のバルツァム郡でのコミュニティ・ワークへの寄与を探るため、仏塔(チョルテン)の改修、仏教の旗(ダルシン)の建設の2件の参与観察を行った。前者に関しては絵具代、手伝いに来ていた学僧への支払い等のため、都市在住の親戚からも寄付を募っていた。一方で後者は、地域のある長老の葬式儀礼として行われ、彼の子はティンプーから21日間一時帰省していた。仏教儀礼を通じたコミュニティワークとそれに伴う帰省等が確認できた。

反省と今後の展開

 本調査を通して都市農村関係の繋がりとして、家族内での送金、都市での同郷コミュニティの形成とそのネットワーク、農村での仏教儀礼を中心としたコミュニティワークやそれに伴う帰省等が確認できた。農村都市移住が進むブータンにおいて、地理的に離れた家族・地域コミュニティにおける繋がりの一端を明らかにすることができた。
今後の展望として、ブータンの農村‐都市移動に加え国際移動も含めて研究を行いたい。特に2022年以降、ブータンからオーストラリアへの移住者が急増し、パスポートの発行も追いつかない状況にある。近代化・グローバル化の波を受け、他の先進国・第三世界に比べブータンでは都市農村移動・国際移動が急に進んでいるのではないか。またそうした移動に際し、都市での同郷コミュニティや海外でのブータン・コミュニティが大きな機能を果たしているのではないか。今後はバルツァム郡、首都ティンプー、海外移住先としてのオーストラリアをフィールドに研究を進めたい。

参考文献

 鰺坂学.2002.「都市形成と同郷団体」.市大社会学.3.3-15
 今枝由郎. 2008. 『ブータンに魅せられて』. 岩波書店
 関根康正編. 2004. 「<都市的なるもの>の現在:文化人類学的考察」.東京大学出版会

  • レポート:菊川 翔太(2022年入学)
  • 派遣先国:ブータン王国
  • 渡航期間:2022年9月4日から2022年10月6日
  • キーワード:都市農村関係、農村都市移動、同郷コミュニティ、コミュニティワーク

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