京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インド・西ベンガル州におけるハンセン病コロニーに関する人類学的研究

独立記念日に実施されたラリー

対象とする問題の概要

 ハンセン病コロニーは、ハンセン病に罹患した患者が自分の家や村を追い出され、空き地に住処を作ることで形成された。当時彼らが物乞いのみで生計を立てていたことから、2000年代に入ってもインドのハンセン病研究はハンセン病差別と物乞いという2点に焦点を当てられてきた。しかし現在その創設者たちは70-80代になっており、物乞いで生計を立てる者は少なくなっている。またその子供・孫・ひ孫など4-5世代に渡って自身が生まれたコロニーに住んでいる。そしてコロニーに住んでいるからといって全員がハンセン病罹患者/回復者であるわけではなく、ほとんどがハンセン病罹患歴がない。そのため現在のハンセン病コロニーはハンセン病回復者が住むという特性を除けば、ほとんどインドの地方に存在する普通の村と同じだと言えるだろう。このように世代の変化と共にハンセン病コロニーに住む人々の生活・就労は大きく変化している。

研究目的

 本研究ではハンセン病コロニーにおける生存戦略の変化を明らかにすることが目的だ。そのため主に2点に焦点を当てる。1つ目は結婚方法である。結婚方法からコロニーの内部構造や外部との関係を考察することでハンセン病コロニーがどのように維持されているかを明らかにする。また、コミュニティ内婚が現在のハンセン病コロニーの形成にどのような影響をもたらしているのか明らかにする。2つ目は第二世代以降の就労の変化を明らかにすることだ。コロニーには物乞いによって生計を立てていた後遺症のある回復者よりも、見た目にはハンセン病とは分からない人々の方が多く住んでいる。しかし彼らはハンセン病コロニーに住んでいる以上、ハンセン病と自身を切り離すことはできない。そのような状況で物乞いに代替する就労はどのような形であるかを明らかにする。

マニプールコロニー内の独居老人施設

フィールドワークから得られた知見について

 今回は主に西ベンガル州プルリア県アドラ市のマニプールコロニーにて30-80代の既婚者を対象に、結婚に焦点を絞ったフィールドワークを実施した。この調査によって大きく2つのことがわかった。まず1つ目は主な結婚方法がハンセン病コミュニティ内でのarranged marriage(お見合い結婚)であることだ。マニプールコロニーでは、同じプルリア県や隣のバンクラ県、近くのジャールカンド州にあるハンセン病コロニーとのarranged marriageが多く見受けられた。これはプルリア県にあるプルリア・ミッションというキリスト教系のハンセン病治療所やバンクラ県のゴウリプールハンセン病専門病院において親世代が関係を築いたために、親戚や知り合いがその周辺に多いことが要因だと考えられる。またコミュニティ内婚の要因の1つとして「結婚をアレンジする親世代が被差別経験・意識を持っていること」が考えられた。
 2つ目はマニプールコロニーにはカーストの多様性が生まれていることである。フィールドに近い2つの村とマニプールコロニーのカースト割合を、有権者リストや聞き取りによって比較した。これによってマニプールコロニーにはScheduled TribeやScheduled CasteからBrahman(Generalカースト)まで、異なるカースト出身の人々が多く住んでいるだけでなく、彼らが井戸や寺院などを共有していることがわかった。これらのことは他の村ではみられなかった。よってマニプールコロニーではハンセン病コロニーの形成方法やコミュニティ内婚によって、カーストの多様性や日常生活における区別の無さが生まれていることがわかった。
 以上2つの発見から、第一にマニプールコロニーでは客観的には一つのカーストに見えるにも関わらず、内部においては結婚時に強いカースト意識が働いていることが考えられる。またさらに結婚をアレンジする世代が変化することによって、今後の結婚方法などが変化することが考えられる。

反省と今後の展開

 今回のフィールドワークの反省点はスケジュール管理の甘さである。普段の半分以下の渡航期間の中で健康や調査日程の管理がうまくいかず、発熱や持病など心身の健康を崩した。渡航期間と自身が滞在するフィールドでの心身への影響を、合わせて現地での状態を想像することで充実した調査が実行できるようにしたい。
 今後はハンセン病コロニーにおける就労状況が居住者の世代の移り変わりによってどのように変化したのかをチャリティや自営業、就労支援などの面から明らかにする予定である。

  • レポート:八木 咲良(2022年入学)
  • 派遣先国:インド
  • 渡航期間:2023年8月8日から2023年9月15日
  • キーワード:インド、西ベンガル州、ハンセン病、カースト

関連するフィールドワーク・レポート

幻想と現実はいかにして関わっているか ―岩手県遠野市の「民話」文化と語りとの影響関係の調査―

研究全体の概要  「妖怪」は人間が身体によって触知した自然世界から生じた、人間の想像/創造の産物であるとされている[小松 1994]。本研究では、岩手県遠野市(以下、遠野)において、当該地域で伝承されてきた河童や座敷童子などの、一般に「妖怪…

マレーシアにおけるイスラーム型ソーシャルビジネス――その社会的起業の実態と傾向――

対象とする問題の概要  本研究の対象は、東南アジアで活発化しているイスラーム型ソーシャルビジネスである。特にマレーシアに注目して研究を進める。マレーシアでは、10年程前から社会的起業への関心が高まっている。2014年には社会的起業を促進・支…

ベトナム・メコンデルタにおける農業的土地利用の変遷/塩水遡上・市場動向・政策的要因に注目して

対象とする問題の概要  ベトナムの一大穀倉地帯であるメコンデルタでは、近年の環境変化が農業システムに大きな影響を与えている。メコンデルタでは様々な環境変化が起きているが、特に沿岸部を中心に発生している塩水遡上の影響は顕著である。沿岸部やハウ…

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民 ――国内事例の動向――

研究全体の概要  本研究は、シリア難民のグローバルな経済的生存戦略の動態を明らかにする。19世紀末以降に歴史的シリア(現在のシリアとレバノンに相当する地域)から海外移住したレバノン・シリア系移民は、現在に至るまで自らの商才を生かして世界各地…

ジョザニ・チュワカ湾国立公園におけるザンジバルアカコロブスと地域住民との共存

対象とする問題の概要  調査地のジョザニチュワカ湾国立公園は、約50㎢と小さな国立公園だが、そこに絶滅危惧種のサル、ザンジバルアカコロブス(Procolobus kirkii) が生息している。その数は、わずか5800 頭あまりで、” 炭食…

カメルーン農村におけるキャッサバ生産・加工の商業化に関する研究/住民によるキャッサバ改良品種の受容に注目して

対象とする問題の概要  カメルーン南部州のエボロワの近郊にある調査地では、政府、国際機関、日本の援助機関が森林保全、住民の現金収入の増加を目的にキャッサバ・プロジェクトを実施し、キャッサバの生産・加工の商業化を促進するため、多収で耐病性のあ…