京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ナミビア・ヒンバ社会における「伝統的」及び「近代的」装いの実態

ヘレロの衣装を身に着けるヒンバ女性

対象とする問題の概要

 本研究は、ナミビア北西部クネネ州(旧カオコランド)に居住するヒンバ社会の「伝統的」及び「近代的」装いを記述するものである。ヒンバはナミビアの代表的な民族である。腰に羊の皮や布のエプロンをつけ、手足、首、頭などに様々な装飾品を身に着け、髪や肌にはオチゼという赤い土を使うことで知られている。ヒンバの文化はナミビアの諸集団の中でも文化遺産とみなされることが多く、観光や写真集でも頻繁に取り上げられる。他の民族と比較的隔離された生活をしているが、近代化の波が押し寄せ、ヒンバの装いにも多大に影響を及ぼしている。

研究目的

 先行研究ではこうした変化に対して「伝統」と「近代」の二項対立的な記述が目立ち、「伝統的」ながらも「現代的」なアイテムを柔軟に取り入れていることに関する記述が乏しい。ヒンバは伝統的な生活様式に忠実な人々として描かれ、同じルーツを持つものの「現代的」な衣服を取り入れるヘレロの人々としばしば対比されてきた。本研究では、近代化の影響下にあるヒンバの人々が装いという営みをどのように実践しているのか、その実態を明らかにし、記述することを目的とする。
 従来、地域社会の伝統的な衣服は、固定的で変化しにくいものとしてイメージされてきた。本研究は、「プリミティブ」なイメージで描かれるヒンバのリアリティを記述することで、第三者から向けられるステレオタイプ的なまなざしからの脱却を試みるものである。

在宅時のヒンバ女性

フィールドワークから得られた知見について

 クネネ州の州都オプウォから車で30分の距離にあるオウコンゴ村で調査を開始した。前回の調査をもとに、不足しているデータを中心に収集した。具体的には、ヒンバ女性が身に着けている装飾品のリスト作成、どういったシチュエーションでどの装飾品を身に着けるのか、日常生活と外出するときの装いの違いなどの詳細なデータが得られた。ヒンバ女性は、家に滞在しているときは腰に布を巻いているが、多くの人がこの布を「良くないもの」「我々の文化ではない」と認識していた。ネガティブな感情を抱きながらも、外出する際に布は身につけない、在宅時に身に着ける分には問題ないと考える人が多く、外部のものに対して複雑な感情を抱きつつもその利便性を重視して取り入れている様子が見られた。
 さらに、ヒンバでありながら将来的にはヘレロの装いを希望するもの、ヒンバでありながら日常的にヘレロの装いをしている人物などに聞き取り調査をすることができた。共通の祖先を持つヒンバとヘレロには「我々は同じである」という強い意識があることがわかった。病気や老化などの理由で肌を隠す必要がある場合、ヒンバの中で他の民族衣装や洋服を着るという選択肢はなく、ヘレロの衣装を選ぶことが判明した。また、ヒンバの夫婦で、夫が仕事などを理由にヘレロの衣装を身に着ける場合、妻もそれに合わせてヘレロの衣装を身に着けることが推奨されている。しかし、夫がヘレロの衣装を身につけながら、伝統衣装を身に着ける妻もおり、必ずしも強制ではなく、本人の意思が一番に尊重されることがわかった。
 また、聞き取り調査をするにあたって調査助手と英語から現地語に翻訳する際のすり合わせ作業を丁寧におこなった。具体的には、現地語でbeautiful, fashionable, uglyに該当する言葉はなにか、などである。その際、現地語でomzomdimbuという、かつて伝統衣装を着ていたが、仕事や学校などの事情で洋服を着ている状態を指す言葉があることも判明した。

反省と今後の展開

 前回渡航した際にナミビアの電話番号を手に入れたが、しばらく使用していなかったため期限切れを迎えてしまった。WhatsAppなどのSNSもナミビアの番号で登録していたため使用できず、渡航前から知人に連絡するのに苦労した。現地到着後同じ電話番号でもう一度登録できたためスムーズに連絡を取ることができたが、次回から気を付ける必要がある。また、前回と同じオウコンゴ村で調査をおこなったが、以前滞在していた家族は大部分がcattle postに移動しており、急遽別の滞在先を探す必要が生じた。前回滞在した家族の電話番号は持っていたが、大半が通じなかったため、大部分が移動していると知るのが遅くなってしまった。別のSNSをやっている村人はほとんどいないため、できるだけ多くの人の番号を入手しておくことで対策することが望ましい。以上の反省を踏まえ、今後は現地到着後より迅速に調査を開始できるよう心がけていきたい。

  • レポート:河尻 みつき(2021年入学)
  • 派遣先国:ナミビア共和国
  • 渡航期間:2023年8月6日から2023年9月21日
  • キーワード:身体装飾、装い、ヒンバ

関連するフィールドワーク・レポート

海と共に生きる人々――セネガル沿岸部における海産物利用と浜仕事の現状――

対象とする問題の概要  セネガル国は年間約40万トンの水揚げ量を誇るアフリカ有数の水産国であり、水産業は同国のGDPの約11%を占める重要な産業である。同国の総人口に対して15%を占める零細漁業者は、木造船を用いて漁を行う。同国では動物性た…

自然の守り人たち /ブータン王国・タシガン県の聖地をめぐる環境保護実践の人類学的研究

対象とする問題の概要  本研究は、ブータン王国タシガン県における神霊信仰とその聖域を対象としている。この土着信仰的要素を大いに含む神霊信仰は、儀礼や寺院を重要な媒介としながら、ブータンに限らずヒマーラヤ地域およびチベット仏教圏に広がっている…

都市周縁に生きる人々と政治的暴力の関係についての研究――ザンビアの鉱業都市の事例――

対象とする問題の概要  独立後のアフリカ諸国の特徴のひとつとして、都市への急激な人口流入が挙げられる。この人口流入は、独立後の都市偏重型開発政策によって広がった都市と農村の所得格差、雇用機会の安定性の相違によって、都市における労働力需要を超…

ニジェール国ニアメ市における家庭ゴミの処理と再生

対象とする問題の概要 ニジェールの首都ニアメでは2019年7月のアフリカ連合総会など国際イベントに合わせてインフラ整備が急速に進んだ。首都の美化は政治的優先課題に位置づけられ、政府が主導する大プロジェクトとなり、街路に蓄積していた廃棄物は行…

カメルーン北部・ンガウンデレにおけるウシの交易――ウシ商人の商慣行に着目して――

対象とする問題の概要  カメルーンを含む中部・西アフリカのなかでウシは重要な動産である。特にウシの交易は極めて大きな経済規模をもっている。18世紀から19世紀に、牧畜民フルベがこの地域のイスラーム国家建設の主体として立ち上がった背景には、人…

エチオピアの革靴製造業における技能の形成と分業/企業規模の変化に着目して

対象とする問題の概要  エチオピアは近年急速に経済成長を遂げている。過去10年、同国の1人当たりのGDP成長率は平均7.4%とサブサハラアフリカの平均1.4%に比べて、高い成長率を誇る。エチオピアの主要産業はコーヒーや紅茶、切り花等の農業で…