京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マレーシアにおけるイスラーム型ソーシャルビジネス――その社会的起業の実態と傾向――

Malaysian Global Innovation & Creativity Centreのオフィスがある建物

対象とする問題の概要

 本研究の対象は、東南アジアで活発化しているイスラーム型ソーシャルビジネスである。
特にマレーシアに注目して研究を進める。マレーシアでは、10年程前から社会的起業への関心が高まっている。2014年には社会的起業を促進・支援するための機関が政府により設立され、2015年時点で国内に100以上のソーシャルビジネスが存在している。特に教育、貧困、環境保全、雇用などの分野に関する企業が多く見られる。関連する先行研究としては、起業家の社会的責任とイスラーム的な要素の関連性について述べられたものがあるが、量的調査を行っているものが多く、個々の企業について具体的に言及したものは少ない。また、単独の企業について触れているものであっても、イスラーム的な観点からの考察はあまり見られない。したがって本研究では、イスラーム的な観点から起業家の意識に着目し、それがビジネス活動においてどのように表れているのか調査・考察を行う。

研究目的

 本研究は、マレーシアのイスラーム型ソーシャルビジネスに着目し、そのイスラーム的 独自性と社会経済的役割を明らかにすることを目指すものである。本研究では、イスラー ム的な観点から起業家の意識に着目し、それがビジネスでどのように表れているのかという点について、文献調査と聞き取り調査を通して考察を行う。聞き取り調査では、社会起業家を主な対象とする。起業動機やビジネスモデルについて聞くとともに、起業家達を支援する機関やサービスの現状を明らかにする。また社会課題に対する問題意識の持ち方やビジネスに対する考え方において、イスラームの教えがどう関係しているのか分析を行う。本研究を行うことで、ビジネスにおける営利と非営利の境界とは何かを明確化することができる。またイスラーム的独自性を非イスラーム圏にも還元できるか考え、様々な状況における社会的起業を円滑に行うために何が必要とされているのかを明らかにしたい。

MIHAS(Malaysia International Halal Showcase)会場

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークでは、二つの企業に対して聞き取り調査を行った。一つ目は「Athena Holdings」という会社で、洗濯して繰り返し使える生理用品の販売と、女性の教育活動や起業家支援活動を行っている。二つ目は「REZKILAH」という会社で、イスラーム金融に関連するオンライン教育プラットフォームを運営している。聞き取り調査では、起業の背景やビジネスモデルの他、社会起業家に対し「自身の行動に影響を与えたイスラームの教えがあるか」といった起業家の精神とイスラームとの関連について質問した。
 聞き取り調査から得られた知見として、本研究のテーマであるイスラーム的独自性がいくつかの点に見られた。まず、社会課題に対する認識の仕方である。「Athena Holdings」では、布ナプキンの販売により、環境問題へのアプローチや貧困層の女性の生活改善を目指している。これに加え、起業家が布ナプキンを販売しようと考えた経緯には、クルアーンにおける女性や月経についての言及が関係していた。また「REZKILAH」では、解決すべき社会課題として金銭に関わる犯罪や経済格差などを掲げており、これらの問題が起こる原因はイスラーム的に正しい資産運用ができていないからだと考えている。このように、社会課題を捉える際にイスラーム的な視点が関与しているという点は独自性の一つであると考えられる。加えて、ビジネスを行う上での意識に関しても、商人であった預言者ムハンマドの生き方を模範としているという点が特徴的であった。更に、起業家がムスリムであることや、イスラームに関連するコンテンツを提供しているということから、中東を始めとする他のイスラーム地域にもビジネスが拡大しているという事実も確認できた。
 その他、今回のフィールドワークでは、マレーシア政府が主導となっているソーシャルビジネスの推進事業に関して、政策が一定の効果をもたらしていたことが聞き取り調査から明らかになった。

反省と今後の展開

 今回の反省点は、起業家支援制度などについての実態調査が十分にできなかったことである。今回聞き取り調査をした起業家達は、どちらも比較的長い期間他の企業で働いた経験があった。そのため、起業に際しては自分の貯蓄から資金を出し、支援制度等の利用は特になかったということであった。起業家に対する支援制度や若い世代の起業家を取り巻く現状に関しては、起業家育成事業への参与観察といった調査を行うことで実態を明らかにできたのではないかと考える。一方で、今回は個々の企業に注目してビジネスモデルや起業家個人の意識を明らかにするという目標を立てており、この点に関しては論文での考察に繋がるような話を聞くことができたと思う。今後の展開としては、聞き取り調査の結果をもとに、イスラームの教えとビジネスや社会貢献といったトピックとの関係について整理し考察を進めていきたい。

  • レポート:藤島 妙(2022年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2023年8月21日から2023年10月1日
  • キーワード:マレーシア、イスラーム、ソーシャルビジネス

関連するフィールドワーク・レポート

日本における「無国籍」者の生活実態 ――国籍、入管法、在留資格制度の狭間で――

研究全体の概要  本研究は、国家による保護がない「無国籍」状態の人々が、いかに無国籍となり、国家が制定する法律や制度枠組みの中でいかに生きているのかを明らかにすることを目的としている。本研究では、人口流動性の高いボルネオ島北部のブルネイにお…

カメルーンのンキ国立公園におけるカメラトラップを用いた 食肉目の占有推定

対象とする問題の概要  食物網の高次消費者である食肉目は、草食動物の個体数調整などの生態学的機能を通じて、生物多様性の高い森林構成維持に関わる生態系内の重要な存在であるが、近年世界各地で食肉目の個体数減少が報告されており、その原因究明と保全…

日本及びマレーシアにおける高齢者の生活の質の向上につながるカフェの特徴及びその影響

研究全体の概要  日本におけるカフェ・喫茶店[1]及びマレーシアにおける伝統的な喫茶店(Kopitiam)は約1800年代後半に出現し普及した。明治時代に出現した日本の喫茶店は都市において西洋文化の普及、庶民への上流階級層の持つ知識の共有、…

オーストラリアにおけるブータン人コミュニティの形成と拡大――歴史的背景に着目して――

対象とする問題の概要  オーストラリアでは1970年代に白豪主義が撤廃されると、東アジア系、東南アジア系、南アジア系など移民の「アジア化」が進展してきた。またオーストラリアは移民政策として留学生の受け入れを積極的に行ってきた。特に1980年…

人新世のイスラーム世界におけるムスリムの環境観と環境実践――エコ・モスクを事例に――

対象とする問題の概要  近年、地球環境問題の深刻化を受け、イスラームの教義を取り入れた環境保護活動が活発化している。2億人以上のムスリム人口を持つインドネシアは、環境問題の文脈に即した新しいイスラーム理解を展開している。この新たなイスラーム…