京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

カンボジアにおける少数先住民族の表象――映像資料と先住民運動の語りから――

写真1 ボパナ音声映像資料センター

対象とする問題の概要

 カンボジアの「少数先住民族」は全人口の1〜2%にすぎず、そのうちにクイ・ブノン・タンプオン・ジャライなど多様な集団が含まれる。彼らはラタナキリ州やモンドルキリ州など北東部山岳地帯に多く居住し、固有の文化や生活様式を営みながらも、植民地支配、国家形成、戦争、開発政策などの影響を受け、急速かつ大規模な変化に直面してきた。1990年代には、土地収奪や森林伐採の問題が深刻化したことにより、国際機関・NGO・民族の代表らによってアドボカシー活動がおこなわれた。結果、2001年土地法に集団的土地所有権が明記され、カンボジアに「少数先住民族」(Indigenous Peoples、以下IPs)という概念が登場した。しかしながら、権利付与の行政手続きは遅々として進まず、経済開発や土地コンセッションの推進によって、彼らの生活基盤は脅かされ続けている。このように国家政策におけるIPsの位置づけと実態は大きく乖離し、彼らは依然として周縁化された存在である。

研究目的

 本研究は、カンボジアにおけるIPsという民族的言辞がどのように構築されてきたかについて、その歴史的変遷を映像資料の視点から読み解くことで、先行研究を発展させることを目指す。映像とは単なる文化表現ではなく、国家統合や開発の理念を反映し、社会が彼らをどのように位置づけてきたかを示すものであると考える。さらに近年は、当事者による市民活動が開始され、国際的な先住民運動と接点をもちながら権利要求を展開するようになった。2025年現在、IPsとして運動に加わる彼らは、首都や各コミュニティでどのように生き、自己を語り、表現しようとするのだろうか。本研究では、ボパナ音声映像資料センターでの映像資料収集、先住民団体事務所での資料収集、イベントや村落での参与観察、関係者へのインタビューを行った。調査には主に英語を使用し、必要に応じてカンボジア語や各民族語からの通訳を介すもしくは音声を録音し、後日翻訳を行った。

写真2 国際先住民デーの催しにて、儀礼をおこなう人々

フィールドワークから得られた知見について

 作成したIPsが登場する映像一覧からは、表象の歴史的変遷を見ることができた。例えば、IPsに対して同化政策を行った「建国の父」ノロドム・シハヌークによって撮影された全映像93本のうち、4本にIPsの表象が見られた。『Berenice, Khmer Loeu Girl』(2007)では、IPs女性と国王の悲恋が描かれ、国王がIPsを含めたすべての国民を平等に扱ってきたことが繰り返し強調されていた。さらに、1990年代以降の映像は国際機関やNGOによるものが多くを占め、「土地の売却がいかに不幸をもたらし、コミュニティの維持がいかに重要であるか」について、IPsの教育を目的とする映像が複数確認された。一方、ボパナ音声映像資料センターによる若手IPsドキュメンタリー監督育成プロジェクトから生まれた作品群もみられた。監督の一人からは「以前は知らなかった自らの文化を撮影を通して学ぶ事ができた」との語りがあった。
 先住民運動に関しても興味深い知見が得られた。8月9日プノンペンのカンボジア先住民青年協会の家にて、「先住民とAI:権利を守り、未来を形作る」というテーマのもと第31回(カンボジアにおいては第21回)国際先住民デーの祝祭が行われた。タイとの国境紛争を受け、今年度は小規模での開催となったが、それでも民族の異なる60名前後が集まり、スピーチに耳を傾け、儀式に参加し、伝統料理やダンスを楽しんだ。参加者の多くは法律を学ぶ大学生などの若者である。彼らを主な聴衆として行われた代表らによるスピーチでは、「IPsのために勉強し、自分のコミュニティ戻り、貢献してほしい」「プノンペンに来ても外国に留学しても、どんな立場になっても自分がIPsであることを忘れないでほしい」という言葉が繰り返された。この理念を体現した女性にも話を聞いた。村で初めて大学を卒業し、世界を飛び回りながらもラタナキリ州のコミュニティ開発に取り組む彼女は、教育の重要性を信じ続け、村人の教育に対する考えを変えた自らを誇らしく語った。

反省と今後の展開

 このように、映像資料を通じてIPs表象の歴史的変遷をみるとともに、2025年現在のカンボジアにおいてIPsとして生きる人々が、ドキュメンタリー作品や先住民運動を通して自らを表現する様を追った。反省点として、クメール語のさらなる習得は必須であるが、それ以上に、一歩踏み出して粘り強くコミュニケーションをとろうとする姿勢に不足を感じた点が挙げられる。研究成果に関しては、映像資料を論拠としてどのように扱うべきか慎重に精査し、統合的な議論にまとめ上げる準備を進めている。今後は、収集したデータをセンサスや既存文献と丁寧に照らし合わせることで、カンボジア社会におけるIPsの歴史的変遷と現状をより深く論じていきたい。

  • レポート:齋藤 七海(2023年入学)
  • 派遣先国:カンボジア
  • 渡航期間:2025年8月6日から2025年9月18日
  • キーワード:カンボジア、少数先住民族、映像資料、先住民運動

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