京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マレーシアのムスリム女性の社会進出――起業家に着目して――

写真1 起業家が製造・販売しているパイナップルタルト

対象とする問題の概要

 マレーシアでは、女性の教育機会の拡大と高学歴化が進んでいるが、それが政治や経済分野における女性の活躍にはつながっていないという指摘がある [鴨川 2020]。一方で、近年、Tik Tokや Instagramなどソーシャルメディアの発達やハラール製品(食品のみならず、ハラールコスメやムスリムファッション)消費の活発化もあり、女性起業家の活躍が目立っている。さらに、イスラーム諸国ではアントレプレナーシップの推奨という理念のもと、イスラーム銀行により企業家支援を含む女性向け金融サービスが展開されている [長岡 2024]。マレーシアにおいては、複数の銀行が女性起業家を対象とした融資商品を設けているほか、政府による起業家支援も広く行われている。また、インドネシアのムスリムのママ起業家(母親であり起業家)を対象とした研究では、彼女らが、家父長制の規範に異議を唱え、社会における女性の主体性を高める存在になっているという指摘がなされている [Sakai and- Fauzia 2022]。

研究目的

 本研究の目的は、ムスリム女性起業家たちがその職業的特性を活かし、ムスリム女性の社会・経済的地位の向上にどのように寄与しているのかを明らかにすることである。研究手法としては、政府や銀行による起業家支援を含む宗教的・社会文化的枠組みの分析や起業家へのインタビューを行う。女性の主体性やイスラーム、近代化の影響を検討するため、起業家の中でも一定程度の経済力を有する、中間層にあたる起業家を対象にすることを計画している。イスラームに適った事業を行うことによる、ムスリムとしてのアイデンティティの形成や、社会の中でのロールモデル的な役割にも注目しつつ、特に、宗教的・文化的なジェンダー規範と折り合いをつけながら、家庭と仕事の両立を実現する手段として、起業という選択肢がどのように機能しているのかを明らかにしたいと考えている。

写真2 世界最大級のハラールショーケースMIHASの様子

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークでは、5人の女性起業家(1人は夫婦で共同経営)、2人の女性大学教員、5人のコーポレートセクターで働く女性にインタビューを行った。女性たちの年齢層は主に40~50代であり、仕事と家庭の両立や働く上での考え方、そして働くこととイスラームとの関連性について質問をした。そこから得られた知見は以下の三点である。
 一点目は、私がインタビューをした女性たちは、比較的生活に余裕がある人が多かったためか、約半数はメイドやクリーナーに家事を代行してもらっているということである。特に、子供が大きくなってからは家事を自分や夫との分担で行っているが、子供が小さかったときはメイドを雇っていたというパターンが多く見られた。起業家の一人は、3年前にメイドが帰国して以降、すべての家事を自分でしなければいけなくなったことや、両親の体調がよくなかったことによりビジネスに集中できなくなり、一度事業から離れたと話した。さらに、起業自体を子育てがある程度落ち着いた時期にしている起業家もおり、どのような起業家を研究対象とするかによって状況が大きく変わるのではないかと考えた。
 二点目は、起業家への支援として、政府の政策や銀行による支援だけでなく、州のイスラーム評議会のザカートプログラムによる支援もあるということである。今回インタビューをした起業家の中には、資金だけでなく、メンターの紹介等の支援も受けていた起業家がいた。メンター制度に関しては、起業家間では広く浸透しているようだった。
 三点目は、起業家自身が、自らの社会におけるポジティブな役割を自覚しているという点である。「女性はすべての産業分野に必要で、女性が判断を下す必要がある。例えば、ショッピングモールに子供のための遊び場を作ったり、家族がゆっくりできるカフェを作ったりするのは女性の視点があってこそ」と女性起業家の重要性を話す起業家もいた。

反省と今後の展開

 今回は、クアラルンプールとジョホール州で調査を行った。当初は英語ですべてのインタビューを行えばよいと考えていたが、ジョホール州で出会った起業家たちは、マレー語でのインタビューを好んでいた。そのため、インタビューに同席してくださったマレーシア人の先生が質問をし、私は横でそれを聞いているだけという状況になってしまった。通訳を介すと自分の聞きたいことが深掘りしにくいなどの問題があるため、次回は自分自身でインタビューできるようにマレー語の勉強に励みたい。
 また、インタビューした起業家は自己資金で起業している人が多く、中には十分な資産があると判断されて支援を受けられなかったと話す起業家もいた。今後は、州のイスラーム評議会による支援を含め、起業家を取り巻く支援制度に関する知見を深めるとともに、具体的にどのような年齢や経済状況、家族構成にある起業家を調査の対象とするのか考えていきたい。

参考文献

 鴨川明子. 2020.「マレーシアの公立大学における「リバース・ジェンダー・ギャップ」―進む女性の高学歴化、その光と影」長沢栄治監修『イスラーム・ジェンダー・スタディーズ3:教育とエンパワーメント』明石書店, 193-208.
 長岡慎介. 2024.「イスラーム銀行の実践からみた労働理念と女性」長沢栄治監修『イスラーム・ジェンダー・スタディーズ8―労働の理念と現実』明石書店, 76-88.
 Sakai, M and A. Fauzia. 2022. Women Entrepreneurs and Business Empowerment in Muslim Countries. London: Palgrave Macmillan.

  • レポート:佐藤 ちひろ(2025年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2025年8月11日から2025年9月27日
  • キーワード:マレーシア、イスラーム経済、女性起業家、アントレプレナーシップ

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