京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ラオスにおける野生ランの利用と自生環境 /薬用・観賞用としての着生ランの保全を目的として

天日干しにされるセッコクの偽球茎と、中華系料理店の石斛酒 (50000kip=600円/杯)

対象とする問題の概要

 ラン科植物は中国では古くから糖尿病や高血圧等に効く薬用植物として珍重されているほか、ラオスやタイ、ベトナムをはじめとし、世界的に様々な品種が愛好家によって交配され、高値で取引されることもある。このような様々な需要が存在するラン科植物であるが、生物多様性ホットスポットに属するラオスでも、野生ランの薬用・観賞用としての採集活動が盛んであり、NTFPの一つとして、地域住民の現金収入源となっている。しかし、野生ランは環境変化に非常に弱く成長も遅いため、乱獲や開発等、個体数及び生息可能な環境の減少によって野生ランの絶滅が危惧される。ラオスでは2004年にCITESの附属書Ⅰ,Ⅱにすべての種が記載され国際取引が制限されたものの、交通インフラの整備による森林減少や、移住者の増加に伴った国内での需要増加が予想される。特に中国資本での開発や、中国人の移住が進むラオス北部では、この傾向が顕著だろう。

研究目的

 本研究は、ラオスにおいて薬用、観賞用として需要が高く採集活動が行われる野生ランに関する現状を明らかにし、保全及び持続的な利用を行うための手法の検討を行うことを目的とする。野生ランの中でも安定した大気環境や支持木を提供できる発達した森林を必要とする環境要求度の高い着生種に着目した。着生ランが自生できる環境の森林を保全することで持続的なラン採集を目的とした森林利用は持続的かつ生物多様性の維持にも寄与すると考えられるからである。今回の渡航では、ラオスの地域住民による野生ランの採集や利用、取引についての聞き取りを行うことで、野生ランを取り巻く現状について基本的な情報を収集した。同時に、言語の習得と文化への理解を深めるために、現地大学への留学を行った。

ラオス北部の中華系薬用ラン園で栽培されるセッコク

フィールドワークから得られた知見について

 ラオスにおける森林内の野生ランは、薬用・観賞用としての採集圧に起因すると見られる個体数の減少が著しい。着生性ランの中でも、シュンラン属やマメヅタラン属は比較的多く見られる一方で、セッコク属の自生を確認できることは非常に稀であった。これは、シュンラン属やマメヅタラン属が環境変化に強い点や、セッコク属には薬用としての需要があるためと考えられる。森林内での減少に対し、地域住民の民家では軒先に吊るされたり、庭木等に活着させられたりしたランを至るところで見ることができる。自ら採集した野生個体の場合も多く、地域住民は野生ランが大きな木にのみ着生することや、個体数が減少していることなどの共通認識を持ち、ランの生育環境や存続に関心もあるようだ。
 寺院でも多くの野生ランが確認できる。寺院周辺の森林が信仰の対象になったり、地域住民による樹木の伐採を防ぐために僧侶が袈裟を樹木に巻きつけたりすることで、樹木の伐採や野生ランの採集を免れていることが理由として考えられる。更に、薬としての利用を目的として森林から移植された野生ランや、これらの移植個体由来と考えられる新規個体の発芽が確認できた。寺院内においてランの自然更新ができる環境が保たれているとすれば、寺院が野生ランの種や遺伝的多様性の保護区的な働きをしている可能性がある。
 また、薬用植物として市場では乾燥させたランの偽球茎が売られていた。高血圧や糖尿病への効果や滋養強壮を目的として煎じて飲まれる他、中国人経営の料理店では、薬膳酒として穿山甲生血酒に並び石斛酒が提供されていた。これらの主な利用者は中国人であるが、ラオス人の購入もあるとのことで、ラオス人使用者への聞き取りによる確認が必要である。国際取引が制限された野生ランであるが、近年の中国のラオスへの進出に伴った中国人移住の増加や中国的な文化の広まりによって、薬用ランの国内消費が進む可能性があるだろう。

反省と今後の展開

 本渡航では、現地大学への留学を通して語学研修及び文化理解を主軸として約半年間の滞在を行った。ラオス語は日常的な語彙を習得することができ、ラオスの文化に対する理解も深めることができた。また、各地を回ることで、広く情報を収集することができたが、反省点として以下の二点が挙げられる。調査に用いる語彙が不足していた点と、ラン科植物及び支持木としての樹木に関する知識が不足していた点だ。これにより、得られた情報が断片化してしまった。言語について、より詳細な情報収集を行うため専門的な用語を含めたラオス語の学習を継続していく必要がある。植物に対する知識については、今回撮影した写真を用いて、頻出の種と、地域の植生に関する理解をする必要がある。今回の予備調査で得た情報を元にして、次回の渡航までに研究の方向性を決定し、調査地や調査の内容、手法の選定等の準備を進めていきたい。

  • レポート:安松 弘毅(平成31年入学)
  • 派遣先国:ラオス
  • 渡航期間:2019年8月1日から2020年2月13日
  • キーワード:着生ラン・薬用植物・ラオス・中国

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