出稼ぎがツワナ社会に及ぼす影響
対象とする問題の概要 ボツワナに居住するツワナ(Tswana)では、長年女性の南アフリカへの活発な出稼ぎが社会に様々な影響を及ぼしてきた[Livingston 2005]。例えば、人口移動の側面からは世帯内の労働女性不足、制度の側面からは…
本研究では1983年から2009年のスリランカ内戦において、タミル武装勢力により故郷を追放され国内避難民(IDPs)となったムスリムのコミュニティに焦点を当てる。シンハラ対タミルの民族紛争の構造で語られることの多いスリランカ内戦において、ムスリムの被害に焦点が当てられることは少なく、第2のマイノリティとして政治的に脆弱な立ち位置にあるムスリムは内戦後の復興プロセスにおいて周縁化され続けている。先行研究では北部ムスリムの帰還と再定住に焦点を当てたものが中心であり、彼らの再定住と保護に関する法や政策の整備の重要性が強調されている。一方で、政治的な解決が困難な状況にあることに加え、約30年間にわたる避難生活の間に故郷では土地や家屋の占拠や荒廃・喪失、コミュニティの変容や就業機会の不足といった問題が生じ、帰還の決断は容易ではなく、現在も多くが避難先での生活を余儀なくされていることも指摘されている。
本研究では北部ムスリムの多くが新たな土地での生活基盤を構築する過程にあるとの仮説に基づき、女性の視点からその過程を明らかにするとともに、そうした経験を経て女性たち自身の意識がどのように変化したかを描き出すことを目的とする。北部ムスリムの避難先での定住は先行研究でも報告されているが、彼らの実際の暮らしの様子や新たな土地でのつながりや生活基盤の形成の過程については十分に論じられていない。また、スリランカ内戦によるIDPsに関する研究では、強制移動によってもたらされる影響は男女によって異なることが指摘されており、内戦がコミュニティに与えた影響、内戦後の社会変化についてより包括的に理解するためには、女性の視点への着目が重要である。今回の渡航では特に、北部ムスリムの生業や経済戦略、アイデンティティとの関連が指摘されている土地とダウリ(娘への婚資)に焦点を当てて調査を行った。
今回の渡航では主に北部ムスリムの多くが避難し現在も暮らしている北西部州プッタラム県に滞在し、IDPs当事者と地元住民計約75名から聞き取り調査を行った。また、北部ムスリムの出身地の一つである北部州マンナール県にも2日間滞在し、2つの集落にて約15名から聞き取り調査を行った。インタビューはおもに対象者の家庭で、タミル語にて行った。
プッタラムに住む北部ムスリムの多くは難民キャンプや借家での生活を経て、政府やムスリムの自助組織による低額の土地供与スキームの利用、あるいは元キャンプであった宅地の購入により定住していることが分かった。インフォーマントの多くは就業、子の就学、高齢で子世帯に援助を受けているといった事情から故郷への帰還を望まない、あるいは希望はあるが現実的に困難であるため帰還しないという選択をしていた。現在ではプッタラム出身者との婚姻も増加し、そのことが両者間の緊張関係の緩和につながったとの認識がなされていた。
先行研究では故郷とのつながりを維持するために故郷の土地を残しているケースが報告されているが、インタビューでは多くのインフォーマントは兄弟姉妹が相続した、売却した等の理由で現在故郷に土地はないと答えた。彼らと故郷とのつながりは、休日や冠婚葬祭時の親族間の行き来や世帯員の就業・就学による一時的な滞在、住居の賃貸といった形で維持されていた。ダウリについては出身地ごとに多少の差があるが、一般的には娘に土地・家を与えることが期待されていた。しかし、多くのインフォーマントは「余裕がなければダウリはなくても良い」と回答しており、経済状況によって柔軟に対応していることが分かった。現在の問題としては集落内での子世代のための宅地の不足、地価の高騰が挙げられた。また、故郷の農村部では田を娘に与えていたがプッタラムでは娘へのダウリは重視されないといった、居住環境と生業の変化によるダウリの変容も見られた。
フィールドでの聞き取りでは上記以外にも現在に至るまでのライフストーリーや女性に特有の経験について話を聞くことができた他、ホストコミュニティの北部ムスリムに対する見方や故郷に帰還した世帯からの話を聞けたことは大きな収穫であった。現在フィールドで得られたデータの整理・分析中である。次回のフィールドワークでは、北部ムスリムとホストコミュニティの女性がどのような関係を築いているのかについて、特に「バヤーン」と呼ばれる地域でのムスリム女性の集会に着目して調査を行いたい。
今回の調査ではフィールドでのインタビューが中心となったため、支援に関する情報は当事者から聞くことはできたが、行政からの聞き取りや資料収集を行えなかったのが反省点である。次回以降は資料収集も念頭に置き、事前に必要な資料の整理を行いたい。
Copyright © 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター All Rights Reserved.