京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

都市への移動と社会ネットワーク/モザンビーク島を事例に

密集する島の家々

対象とする問題の概要

 アフリカ都市研究は、還流型の出稼ぎ民らが移動先の都市において出身農村のネットワークを拡大し濃密な集団的互助を行う様子を描いた。これらの研究は、人々が都市においてどのように結び付けられ、その中でどのように行為するのかに着目した。しかし人々の結びつきや連帯への着目は、しばしば人々の間にある差異を見落としてきた。加えて、人々の都市における社会ネットワークを既に/常にそこにあるものと捉え、その流動性やそこから取り残される人々に焦点が当てられなかった。
 Das and Randeria[2015]は、都市貧困層を統一的なカテゴリーとみなす研究を批判し、彼らは多様で不均一な一時性の中で生きまた行為しており、もろい関係性を創造し維持することに多大な努力をつぎ込んでいるとする。またWilliams[2015]は、既存研究はしばしば人々のネットワークの日々の戦略や動態の詳細な記述を欠いてきたと述べる。

研究目的

 本研究の目的は、日々人々がどのように社会関係の変化を経験し、また社会関係を紡ぎまた切り離しているのかを記述することにより、人々がいかに都市の一時性を生きているのかを描くことである。それにより、人々の繋がりだけでなく、繋がりの不確実性やそれに対処する人々の日々の戦略へ着目することの重要性に言及する。
 上記は、短期間での人々の社会関係の変化に着目した今回の渡航における研究目的である。研究全体では人々の都市への移入後の年数や世代の経過に伴う社会関係の変化を扱うが、この長期的な社会関係の変化を考察する際の基礎として今回の結果を位置付ける。
 調査は、筆者の滞在先のE家、および移入第1世代、第2世代、第3世代につき6つずつ選定した世帯の女性を対象とし、各世帯への訪問者・食べ物の授受の相手の記録、およびこれまでの移動史・生活史の聞き取りを通じて行う。本調査は、人々の近所付き合いの社会関係に着目して行う。

島の食事:シマと魚のココナッツカレー

フィールドワークから得られた知見について

 モザンビーク島における調査は2018年8月15日から12月18日まで行った。まず滞在先E家における9日間の食べ物の授受およびE家への訪問者の記録から、隣人らについて2017年の調査時とは訪問者および食べ物の授受の相手が大きく異なることが明らかになった。これは、近所の人の引越し、自らや相手の経済状況の変化、また隣人との関係性自体の変化に起因していた。そして偶然近所に越して来た親しい幼馴染との間で、新たに食べ物をあげ合う関係を構築していた。
 その他の世帯 [1] における6日間の同様の調査のうちAL氏の事例では、約三週間で向かいの女性との食の授受や互いの訪問が減少していた。これはAL氏自らが、彼女を悪く言う隣人との関係を疎遠にすることを選択した結果であった。またAL氏は島で生まれ育ったにも拘らず同じ島生まれの人々との友人関係を築けず、彼女らの濃密な社会関係からあぶれているように見えた。そこからあぶれた結果AL氏は、意図した結果かは不明だが、島外から移入した女性らと親しい関係を築いていた。またIR氏は、島内で頻繁に引越しを繰り返しその度に新たな隣人との出会いを繰り返してきたが、自ら回転講を隣人らと始めることで、隣人の女性たちと親しくなるように努めたと語った。
 上記から以下の点が示唆された。調査対象世帯の近所付き合いやその中で食べ物の授受を行う社会関係は常に一定ではなく、その時々でつき合いややり取りの相手が大きく変化し得るものであった。それは、持ち家のない人が多い島内で頻繁に見られる住居の移動、自らや相手の経済状況の変化、また隣人との関係性自体の変化に起因していた。これらを受けて人々は、その場その場で、自分の身近にいる相手、自分の家を間借りしている人、近所に引っ越して来た人など、何らかのきっかけで関係が身近になった相手との間で、新たに一時的となり得る近所付き合いや食の授受の関係を構築していた。


[1] これまでに移入第1世代3世帯、第2世代1世帯に対し実施した。また滞在先E家は移入第3世代であり、対象6世帯のうちの1つとしてカウントする。

反省と今後の展開

 今回得られた短期的な社会関係の変化に関する知見に基づき、今後はより長期的な社会関係の変化に着目したい。モザンビーク島の人口のほとんどは島外からの移入者およびその子孫らであるが、島外の周辺諸地域から移入した人々の食の授受を含む互助的社会関係が、移入からの年数の経過とともに、また移入から世代が経過し2世代目、3世代目となるにつれてどのように変化するのか、その動態的な過程を明らかにしたい。

参考文献

【1】Das, Veena and Randeria, Shalini. 2015. Politics of the Urban Poor: Aesthetics, Ethics, Volatility, Precarity, Current Anthropology, 56(S11), S3-S14.
【2】Williams, James. 2015. Poor Men with Money: On the Politics of Not Studying the Poorest of the Poor in Urban South Africa, Current Anthropology, 56(S11), S24-S32.

  • レポート:松井 梓(平成28年入学)
  • 派遣先国:モザンビーク共和国
  • 渡航期間:2018年6月25日から2018年12月24日
  • キーワード:モザンビーク、移動と社会関係、食のやり取り、近所づき合い

関連するフィールドワーク・レポート

高知県安田町における闘鶏文化の維持とその継承

研究全体の概要  高知県安芸郡安田町では毎年6月から翌年12月にかけて、毎週日曜日に闘鶏大会(以下:大会)が開催されている。同地域では明治時代から現在に至るまで愛好家によって軍鶏の飼養が盛んに行われている。闘鶏は地域おこしの一環として行政の…

タンザニア半乾燥地域における混交林の形成と利用に関する生態人類学的研究

対象とする問題の概要  市場経済の影響を強く受けるようになったタンザニアの農村では、現金収入を目的とした農地開発が林の荒廃を加速させている。森林面積減少の深刻化を受け、これまでに多くの植林事業がタンザニア各地で実施されてきたが、複雑な土地利…

「タンザニアにおける広葉樹混交林の造成と管理に関する実践的研究」のための予備調査

研究全体の概要  タンザニアでは、農地の拡大や薪炭材の採集によって自然林の荒廃が急速に進行している。この研究では、林の劣化に歯止めをかける方策として、経済性を有した混交林の育成を前提に、国内での混交林利用に関する実態調査を実施した。広大な天…

ソマリ語による歴史的知識の生産――ケニア内ソマリ人を事例として――

対象とする問題の概要  元来、ソマリ人はアフリカの北東地域に国境をまたがって広く住んでおり、ソマリアの独立前後より、こうしたソマリア国外のソマリ人居住地域をソマリアへ併合する政治運動が、ソマリア内外で盛んとなっていた。しかし、1991年に国…

東南アジア大陸部におけるモチ性穀類・食品の嗜好性について

研究全体の概要  東北タイ(イサーン)およびラオスでは、日常的に主食としてモチ米が食されている。一方、タイ平野部を含めた東南アジア大陸部の多くの地域では主にウルチ米が主食として食されており、主食としてのモチ米利用は、イサーンやラオスの食文化…