ダークツーリズムと住民および労働者の歴史認識 /セネガル・ゴレ島の事例
対象とする問題の概要 セネガルのゴレ島は、奴隷貿易の拠点として利用された歴史を有し[Maillat 2018]、現在では奴隷収容所が多くの観光客を集めている。1978年に世界遺産に登録された同島は、ダークツーリズム的観光地である一方で、…
タンザニアで調理用燃料として使用されている木炭は、国内の広い地域で共通したやり方で生産されている。当地の炭焼きは日本のように石や粘土でつくられた窯を使うのではなく、地面にならべた木材を草と土で覆って焼く「伏せ焼き」という方法が用いられている。伏せ焼き法は原初的で非効率的な製炭技術とされがちだが、技術がなければ木材は灰化しうまく木炭ができない。筆者のタンザニア農村におけるこれまでの調査から、現地の炭焼き職人は炭化に関する深い知識と製炭技術(炭材の選択・炭材の積み上げ方・炭化中に伏せ焼き内に入れる空気の調整など)を経験的に確立していることがわかってきた。日本の炭焼きは長い歴史があり技術も確立され、各作業に科学的な意味づけがされていることもある。本調査では、タンザニアの炭焼き職人の伏せ焼きの技術体系を理解する視座を得るために、日本で長い歴史をもつ能勢菊炭を事例に、その生産の実態や製炭技術を明らかにする。
日本には茶道の文化が根付いていて、古くから茶道専用の木炭「菊炭=茶の湯炭」がつくられてきた。全国的に有名な菊炭の一つに「池田炭」がある。近世のはじめより大阪府能勢や妙見山麓地域で生産された菊炭が、現在の大阪府池田市に集積され都に送られていたことから、池田炭と呼ばれるようになった(木質炭化学会編 2007)。池田炭は今日「能勢菊炭」として知られている。日本の炭焼き技術が世界で類例をみないほど進んでいるとされる理由の一つは、茶道で良質な茶の湯炭が求められたから(木質炭化学会編 2007)とされる。日本の窯をつかった炭焼きのしくみはこれまで詳しく分析されてきたいっぽう、タンザニアの「伏せ焼き」に関してはほとんど明らかにされてこなかった。双方の工程を詳細に比較することで「伏せ焼き」の作業を根拠づけることができる。本研究では、大阪府能勢町で唯一の菊炭職人であるK氏を対象に、彼の一連の炭焼きを詳細に参与観察し、菊炭生産の実態や製炭技術を明らかにする。
茶の湯炭として求められる菊炭の特徴についてK氏に聞き取りをした。「樹皮が密着していること」、「樹皮は薄く柳肌のように滑らかであること」、「炭の切り口の中心から菊の花のように細かく放射状に均一に割れていること」、「炭の切り口が真円に近いこと」、さらに「燃焼時にほのかにクヌギの香りがすること」が条件にあがった。これは菊炭が単に釜の湯を沸かすための燃料ではなく、お茶会に参加する人びとが菊炭の見た目の「美しさ」や燃えるときの「香り」を楽しむためのものであることに由来する。樹皮が木質部と密着していないものや、灰化して一部白くなっているものは茶の湯炭としてはふさわしくなく、稽古用の菊炭になる。一度の炭焼きから得られる「茶の湯炭」は全体の8割ほどで、この割合を高めるためには、時間をかけて窯の温度を上げていく職人の技が問われるのである。
製炭工程は次のとおりである。(窯の大きさ:横幅2.7m:奥行き3m:高さ1.7m)K氏は80℃を超える窯の中から完成した菊炭を取り出すと、2時間かけて炭材をならべていく。炭材は直径4〜10cm、長さ85cmのクヌギ材で、一度の炭焼きに800本ほど使う。必ず根元を上にして地面に垂直に立てて、窯奥から隙間なくならべていく。灰化しやすい窯の側部や窯口近くには、曲がりや節があるものをならべる。窯の上部に熱を集めて自発炭化を促すために、炭材と天井の隙間に「上げ木」という長さ65cmの枝を3000本ほどつめる。点火して目や喉を刺激する黄色味を帯びた白煙がではじめると(自発炭化がはじまった目安)、わずかな隙間を残し、窯口をレンガでふさぐ。その後、煙のにおい・色・排煙口温度をもとに、窯口と排煙口の大きさを調整していく。煙が出なくなった後も排煙口の温度が370℃に達するまで窯口の隙間をあけておく。これが「精錬」で、窯内の温度を上げて未炭化の炭をなくすための重要な作業だとK氏はいう。排煙口にかざした手を鼻に近づけ、ほのかに「香ばしい香り」がしたら排煙口と窯口を完全にふさぎ、鎮火して窯を冷却する。5日後窯から完成した菊炭を取りだすとすぐに次の製炭をはじめる。一度の製炭に最低10日かかる。炭材の配置、煙の色の識別、排煙口の温度確認、窯口と排煙口の調整など、長年の経験のなかで培われてきた職人の技術や知識が、菊炭の高い品質を保ちながら日本の茶の湯文化を支えてきたのである。
日本の菊炭に関する製炭技術は、炭材の選択・配置の工夫、大量の「上げ木」、炭化中の窯口や排煙口の調整、煙の色やにおいを指標とする炭化過程の認識において、タンザニアの伏せ焼きと共通している事項が数多くあることが明らかになった。そのなかで、K氏は天候や炭材の乾燥具合をにあわせて、窯口や排煙口を繊細に調整しながら酸素の供給量を調整していた。雨季と乾季で天候が大きくことなるタンザニアの調査地では、年間をとおして木炭がつくられている。伏せ焼きは雨の影響をうけやすいものの、伏せ焼きに不可欠な草本が生い茂り、雨季でも炭焼きが盛んにおこなわれている。今後は、現地の炭焼き職人が天候や諸条件にどのように対応しながら製炭実践しているのか明らかにする。さらに、これまでのフィールドノートの記録を見返し、日本とタンザニアの製炭技術の分析と比較を通して、タンザニアの炭焼き職人の技術体系を総合的に理解する。
Copyright © 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター All Rights Reserved.