京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

カンボジア地方州における養殖漁業――ポーサット州とシェムリアップ州の養殖業者を事例に――

中規模スネークヘッド養殖業者の摂餌状況

対象とする問題の概要

 カンボジアはその国土に東南アジア最大の淡水湖(トンレサープ湖)を擁し,湖の豊かな自然生態系に適応しながら古くから漁業資源を利用してきた。現在もカンボジアの内水面漁業(淡水漁業)の生産量は世界第五位である。しかし近年,漁業資源の乱獲,ダム建設など水域周辺の開発や地球温暖化などによって,カンボジアの漁業資源の減少が問題となっている。これを受けて,カンボジアでは国家主導で漁獲漁業から養殖漁業への移行が現在推進されており,養殖漁業の拡大が著しい。カンボジアの養殖業に関する先行研究では,養殖技術に関するものや,流通に関するものがある。他方,地方州で実際どのような養殖業が行われているかに関する知見の蓄積は少ない。本調査では,カンボジアの地方州においてどのように養殖業が行われているかを把握する。

研究目的

 申請者は2022年の6月から9月にかけて,首都プノンペン市内のプレックプノブ町においてどのような淡水養殖業が行われているか調査を行った。聞き取りの結果,首都部の養殖漁業者は成魚の生産だけでなく,ベトナムから輸入した稚魚を地方の養殖業者に販売しており,地方州で稚魚が育てられていることが明らかになった。
そこで本研究では,地方州の養殖業者,種苗生産者,加工業者に聞き取り調査を行い,①カンボジア地方州における養殖産業の概要,②養殖業拡大の制約要因について明らかにすることを目的とした。
 調査地は,2022年の調査においてプノンペンの養殖業者が稚魚を販売していたポーサット州とシェムリアップ州において行った。ポーサット州では中規模養殖業者2世帯,小規模養殖者3世帯,稚魚生産者2世帯の計7世帯に聞き取りを行い,シェムリアップ州ではスネークヘッドの中規模養殖業者とキャットフィッシュ中規模養殖業者の2世帯に対して聞き取りを行った。

小規模養殖業者の養殖池

フィールドワークから得られた知見について

 ① カンボジア地方州における養殖業者の概要
 1-1. 小規模な養殖業
 今回の調査では,トンレサープ湖の湖岸からポーサット州のBan Rany Senchey Damnak Traryeung地区(B地区)にいる小規模の養殖業を行っている人に聞き取りを行った。B地区はポーサット州の軍人や警察官で負傷した人,身体障碍を患った人,退職した人から省庁が希望者を募り数百世帯の移住を行った地区である。入植世帯は土地1.5ha,住居,井戸,作物の種子や苗,養殖池,タンク,稚魚,魚の餌,年金,米(50kg/月)が支給される。養殖は,縦・横・深さが2m・1.8m・1mのビニール製のタンクでキャットフィッシュ養殖を行っている。魚はタンク一つ当たり250匹程度で,タンクの表面の半分はホテイアオイを浮かべている。販売は考えておらず,主に自家消費用を目的としている。養殖の水は近くのため池,水路や井戸から取水しているが,乾季の水不足が懸念されている。
 1-2. 中規模養殖業者
 ポーサットにおける中規模養殖業者はトンレサープ湖の湖岸に位置するKror Kor地区(K地区)に集中していた。シェムリアップ州では,国道6号線とトンレサープ湖に挟まれた浸水域に近いエリアに中規模養殖業者が集中している。K地区は雨季の洪水や乾季の水不足が少ない養殖に適した土地だといえる。本調査ではK地区の2世帯に対して聞き取りを行った。養殖世帯は,2010年前後に養殖業を始めた。0.5 haから最大2 haの養殖池で,スネークヘッド,パンガシウス,コイ科の魚を養殖している。稚魚はベトナムから輸入したものと,カンボジアの天然稚魚を組み合わせている。餌はスネークヘッドにはタイやカンボジアの雑魚を,パンガシウスなどに対してはペレット飼料を与えている。養殖期間は魚種や市場価格によって決まり5か月から12ヶ月ほどであるが,市場価格が低い場合は最長2年ほど待つこともある。コストの大半は餌代であり,近年餌代の上昇により生産費が上がり,利益が小さくなっている。
 1-3. 稚魚生産者
 稚魚生産者について,本調査ではポーサット州の2世帯に聞き取りを行った。S氏は2011年にJICAのプロジェクトの支援を受け,養殖池の掘削,タンク,稚魚を獲得した。また2013~14年には稚魚生産技術講習をタケオ州で受けた。稚魚の生産魚種はキャットフィッシュ,シルバーバーブ,ティラピア。産卵期になると雄と雌を隔離し受精させ,孵化後2日ほどタンクで育てる。稚魚の販売先は付近で小規模養殖をしている農家が主である。販売時期は禁漁期の雨季にほとんど全量を販売する。かつては稚魚生産が主な収入源であったが,現在は水稲作が主たる生業になりつつある。
 ② カンボジア地方州養殖業拡大の制約要因
 カンボジア・地方州における養殖業では,乾季は水不足に陥らず雨季は洪水の被害を受けないことが重要であり,水による制約が大きいことが分かった。また,天然資源の減少による稚魚や餌の値段が上昇したことにより,生産費と販売額の差が小さく利益が低いという構造的な制約があることが分かった。

反省と今後の展開

 カンボジア地方部における養殖業は,隣国のタイやベトナムと比較すると粗放的な段階におり,餌や稚魚に関しても隣国の養殖産業の余剰を利用した周縁の養殖業であることが分かった。また,水不足や自国で安価な稚魚や餌を生産できないことによる構造的な養殖業の制限があることが分かった。今後の調査ではカンボジアの養殖業に対する援助プロジェクトが有効であったかどうかについて,検証していきたい。

  • レポート:岡田 龍樹(2021年入学)
  • 派遣先国:カンボジア王国
  • 渡航期間:2023年2月7日から2023年3月17日
  • キーワード:養殖漁業,カンボジア地方州,持続的な漁業

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