京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代トルコにおける福祉とイスラーム――シリア・トルコ地震時における慈善団体の活動に着目して――

写真1 8月30日トルコ戦勝記念日の街角。トルコ国旗の赤が鮮やかに靡いていた。

対象とする問題の概要

 2023年2月6日現地時刻午前4時16分、マグニチュード7.8の地震がトルコ南東部のシリア国境付近で大規模な地震が発生した。約9時間後、最初の地震の発生地から北西に95km離れたところを中心に発生した。地震が起きたところが広範囲であり支援の調整がうまく行かず、被害は甚大なものとなった。
 地震が起きた時にこそその地域や人々の持つ潜在的な問題やつながり・アイデンティティのあり方が見えやすくなると考える。被災地は比較的農村地帯で難民が多く暮らしている地域であり、また与党(公正発展党)を支持する人も多い地域でもある。今後のトルコの福祉の動向を追う上で多様な問題が複合的に絡まり合う被災地の福祉に慈善団体という切り口でアプローチしていく。

研究目的

 2023年2月に発生したシリア・トルコ地震発生時におけるトルコでの慈善団体の機能を明らかにする。また、人々の助け合いの精神と被災者の心にイスラームがどのように働きかけているのかを探る。

写真2 アパートのロビーに飾ってあったトルコ共和国建国の父、アタチュルクの絵

フィールドワークから得られた知見について

 今回、被災トルコの南東部アダナに滞在した。アダナも被災したが被害が少なかったため、重大な被害のあった被災地への支援の調整を行う場所として、被災地以外の街と被災地をつなげる橋のような役割を果たしたとインタビューした団体のほとんどが述べた。
 5つの市民団体・病院・市役所・宗務局・警察・憲兵団に対し聞き取り調査を、5名の被災者と共助活動に携わった者に対しインタビューを行った。
 人々や団体の聞き取りから、自発的に他人を助ける国民性を捉えることができた。その動機はどこから来ているのかについては信仰心の程度に関わらず「トルコ人」としての誇りが自身を奮い立たせるとの答えが得られた。人々に助けたい気持ちがあり物資や人員が準備されていても、オーガナイズに問題がありうまく調達されなかった。また、防災に関する教育不足は非常に大きな課題で、これから研修プログラムを変える必要性があると殆どの機関が答えた。震災を生き抜いた人々が、出来事を受け止めトラウマを乗り越え人生を続けるために、イスラム教の影響が強く働いているのを改めて確認した。あまり宗教的なことを好まないと自ら述べていた被災者も「kader(定め)」という言葉に言及していた。他人を助ける国民性から、支援を行う団体の人々は震災時止まることなく働き、心身共に負荷が大きくなっている印象を受けた。全ての調査を通して地震が起きたとき私は日本に滞在しており、地震の被災地に関するニュースから悲しみや怒りなどのネガティブなイメージを持っていた。被災地近くのアダナで被災者や支援者に触れることで実際にそこで起きたことの恐ろしさを痛感した。しかしそこでより良い生活を続けようと強く生きる被災者の話からいかにハタイが素敵な場所であるかなどポジティブなエネルギーを得た。

反省と今後の展開

 インタビューを行う際、相手の支持する政治思想や信仰の度合いに合わせて共感の姿勢を見せた。それ自体は問題ではなく、むしろ相手が心を許してくれる可能性もある。しかしそれ故に同じ質問項目をとっても文脈によって内容が変わってしまった可能性がある。今回相手の許可を得て録音をさせていただいたため、聞き返して整理するつもりだ。作業の時間的な意味でも、質問者兼編集者として中立的な立場を保つために共感の度合いを考慮する必要があった。
 人々や団体への聞き取りから、自発的に他人を助ける国民性を捉えることができた。その動機はどこから来ているのかについては信仰心の程度に関わらず「トルコ人」としての誇りが自身を奮い立たせるとの答えが多く得られた。今後、トルコ人のアイデンティティと助け合いを行う動機がどのような様相で成り立っているかについて、上記の反省も踏まえ自分なりに追求していきたい。

  • レポート:池上 羽乃(2023年入学)
  • 派遣先国:トルコ共和国
  • 渡航期間:2024年8月3日から2024年9月25日
  • キーワード:政治・社会政策・福祉・イスラーム・災害

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