カメルーンのンキ、ボンバベック国立公園におけるヒョウ及びその他食肉目の基礎生態調査
対象とする問題の概要 ヒョウ(Panthera pardus)やゴールデンキャット(Caracal aurata)といった食物ピラミッドの高次消費者である食肉目は、その生息密度が地域の他の動物種の生息密度に大きな影響を与えるという点で、生…
本研究は、ブータン王国タシガン県における神霊信仰とその聖域を対象としている。この土着信仰的要素を大いに含む神霊信仰は、儀礼や寺院を重要な媒介としながら、ブータンに限らずヒマーラヤ地域およびチベット仏教圏に広がっている [1] 。
本調査では、ブータン王国の中でも土着信仰と関係の深いチベット仏教ニンマ派 [2] が広く浸透する東部のタシガン県ウゾロン郡で行った。特にウゾロン郡に位置するマンカル集落とゲンカル集落の間に位置する「聖なる森 」[3] に焦点を定めた。この「聖なる森」は、ブータン政府が制定する国立公園およびバイオロジカル・コリドー [4] といった自然保護区域に位置しない森であるにもかかわらず、村人らの神霊信仰等により今日までその姿を維持し続けてきた。
[1] チベット、シッキム、ネパール、アルナーチャル・プラデーシュ州などが挙げられる。
[2] ブータンの伝承によれば、8世紀に開祖グル・リンポチェがブータンを訪れ、ニンマ派の伝統が生じたとされる。
[3] 自然環境を比較的乱されない状態に保つことが人間と神または自然との重要な関係の表現であるという信念の下、人間社会によって区切られ保護されている森。
[4] 自然保護区間を繋ぐ生態系連絡路。
ブータン王国では近年、幹線道路の発展や人口の都市部集中化によって、農村部の人口減少や空き家の増加が大きな問題となっている。これらに付随して、農村部では特に若者の神霊信仰の薄れが顕著に見られる。そこで今回の調査では、森や湖、大木などといった自然環境と深く結び付く神霊信仰がどのように環境保護に重要な役割を果たしてきたのかを明らかにすることを目的とした。まず、調査者は受け入れ先であるシェラブツェ大学にて現地語であるゾンカ語およびシャルチョップ語 [5] を習得したうえで、調査地において聞き取り調査やグループディスカッションを行った。
[5] 国語はゾンカ語。シャルチョップ語は主にブータン東部で用いられる。
調査地であるウゾロン郡マンカル集落とゲンカル集落の間には、神霊フラン・フラン・マ(Phrang Phrang Ma)が住まうとされる「聖なる森」フラン・フラン・ゼイ(Phrang Phrang Zey)が存在する。この森では、ブータン暦の5月から7月にかけて森内部への侵入を禁止するリダム(Ridam)と呼ばれる実践が行われる他、2~3年に一度の周期でケツァン(Ketsan)と呼ばれる雨乞いの儀礼が行われることが分かった。リダムの期間外においても、村人は神殿である崖近辺に立ち入ることはなく、森内での木の伐採や、岩などの自然物を動かすことはタブーとされる。タブーを破ると濃霧や大雨によって森内で迷子になることや、作物への被害がでるといったことが明らかとなり、日々の生活実践の中で神霊信仰が深く関わっていることが明らかとなった。
なお、この「聖なる森」では絶滅危惧種に指定されているトラが目撃されたという村人の情報から、生物多様性が比較的維持されていることが確認できた他、現地語でグレットム(Gretmu)やミルゴン(Milgon)と呼ばれる大男あるいはイエティの存在も明らかとなった。標高が高く深い森に棲み、人を襲うとされるイエティ信仰は、神霊信仰同様に村人の森内への侵入を規制する要因となるものだった。
近年、両集落では主要幹線道路につながる支線道路が建設され、両集落間を結ぶ道路建設の話も挙がっている。また、集落の子ども達は郡庁所在地にある寄宿学校で1年の大半を過ごし、多くの若者が教育を終えた後に集落を離れて生活をしている。開発による外部者の流入や、若者と年配者の間での信仰・知識の差は神霊の力やイエティの生息地に影響を及ぼし、両者とも失われつつあることが確認できた。
何をもってその森あるいは土地の環境が保持されているかを図るには、植物学や生態学的アプローチの知識が必要となってくる。「聖なる森」は神聖であり、かつ外部者の侵入は特例を除いては許されない為、調査者自身が森に入って調べることは困難を極める。「聖なる森」の生物多様性に関しては、集落住民の協力を得ることや聞き取り調査を通じて更なる情報収集を課題としたい。
イエティ信仰はブータン各地に存在する。しかし、イエティが神霊の化身であるのか、動物として捉えられているのかは定かではない。調査地の「聖なる森」において自然環境が維持されてきた背景の一つには、イエティという神霊とは異なるアクターが自然の守り人として機能してきたためではないかと思われた。今後は、この仮説が適切なのかを確かめるべく、調査研究を進めていきたい。このことは、神霊・イエティ信仰が国境を超えて、ヒマーラヤ地域に広がっている理由を明らかにすることにも繋がると考える。
【1】Allison, E. A. 2004. Spiritually Motivated Natural Resource Protection in Eastern Bhutan. In K. Kinga ed., The Spider and the Piglet. Thimphu: Centre for Bhutan Studies, pp. 529-563.
【2】Capper, D. S. 2012. The Friendly Yeti, Journal for the Study of Religion, Nature, and Culture 6(1): 71-87.
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