京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

不確実性を読み替える賭博の実践/フィリピン・ミンダナオ島における事例から

闘鶏における身体を介するコミュニケーション

対象とする問題の概要

 フィリピン・ミンダナオ島では、フィリピン政府と反政府イスラーム組織による紛争が長期化しており、人々は自らでは制御不可能な政治的不安定に起因する社会・経済的不確実性を所与のものとして日常生活を営んでいる。そのような不確実性に対処するために、多くの生存戦略が駆使されているが、一方で、あえて不確実なものに身を投じる賭博の行為も広く見受けられる。この賭博の社会的機能を分析することで、人々が不確実性をいかに読み替え、日常世界を構築しているのかを考察する。

研究目的

 本渡航における研究目的は主に2点である。
 ①研究の蓄積が乏しいアメリカ植民地期を中心に、フィリピンにおける国家の管理と賭博の倫理の歴史的変遷を明らかにする。今日、一般的に賭博行為は、国家によって管理・統制される存在であり、賭博に興じることは一種の反道徳行為とみなされやすい。そして規律訓練的な現政権下においては、違法賭博の取り締まり強化が加速している。市井の賭博行為と国家権力とのイタチごっこの歴史と、賭博の社会的認識が構築された過程を明らかにすることで、賭博の営為における社会的受容と社会悪を隔てるモラリティが形成されてきた経緯を考察する。
 ②賭博のルールや賭場において用いられる言語・行動規範を修得し、人々の賭博の営みへの更に深い理解に到達する。参与観察の対象とした賭博は合法・違法を問わず、闘鶏・カードゲーム・宝くじ・コインゲーム・アーケードゲーム等であった。

違法宝くじ、切株から読み解いた数字に賭ける

フィールドワークから得られた知見について

 ①アメリカ植民地期に発行された英字新聞や週刊誌から、同時期におけるフィリピン国内のギャンブルの営みの実態が一部明らかになった。特に“チャイニーズロッタリー”と揶揄されていた違法宝くじから公営宝くじへの転換、そして公営宝くじを国民に推進する政府の姿勢が史料から顕著に見受けられ、同時に宝くじが人々の間で最も有効な一攫千金の術であったことがうかがえた。
 また、法と賭博にかんする記事や意見投稿も数多く見られ、市民の違法賭博に対する厳格な法履行の様子を伝えると共に、高利をあげる組織的な違法賭博には法の手が伸びず黙認されている状況が記されていた。この状況は現在と大差なく、アメリカ植民地期からすでに違法賭博組織は政治家や警察と相互依存関係を構築することで、事業の拡大を始めていたことが明らかになった。このような時代背景の中、社会悪であるギャンブルに対し厳格な国家的管理を求める声や、ギャンブルの合法化に好意的な姿勢を示す意見などが世論の中心となっていた。
 ②ビンゴのような極めて少額の賭けから闘鶏を至高とした高額の賭けに至るまで、またジェンダー差や世代差の生ずる多種多様の賭博の実践における参与観察を通じて、人々の賭場において用いる特殊な語彙を数多く修得することができた。この特殊な語彙が賭場の空間における非日常性を創造している様子が観察された。同時に、賭場においてしかるべき態度、行動など身体化されたモラルの規範も散見され、賭博の結果の偶然性を必然に読み替える人々の技術と知識がその賭ける身体に付随していた。

反省と今後の展開

 今回の調査では調査地であるミンダナオ島の特殊性や地域性を人々の賭博の実践からは明確にできなかったため、今後の調査はミンダナオの政治社会と連続した視角が必要とされる。
 また、文献調査においては膨大な史料をすべて複写することが不可能であった。再訪必須である。
 そして、賭場における参与観察は予備調査的な試みであり、今後は長期的かつ局所的なコミュニティー調査を通じて人々の生活に埋め込まれた日常的な賭博の営みの理解に努めたい。呪術の場として切り離されていない、日常の空間における呪術的な営みを賭博の実践から読み解くことで、人々がいかに不確実性や偶然に満ちた人生を解釈し、現実として認識しているのかを明らかにすることを目標としたい。

  • レポート:師田 史子(平成28年入学)
  • 派遣先国:フィリピン共和国
  • キーワード:ギャンブル、アメリカ植民地期、偶然性

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