京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

焼物を介した人とモノの関係性 ――沖縄県壺屋焼・読谷村焼の事例から――

工房Tでの作業風景:素焼き出し(2021年2月11日筆者撮影)

研究全体の概要

 沖縄県で焼物は、当地の方言で「やちむん」と称され親しまれている。その中でも、壺屋焼は沖縄県の伝統工芸品に指定されており、その系譜を受け継ぐ読谷山焼も県内外問わず愛好家を多く獲得している。
 本研究ではそのような壺屋焼・読谷村焼を介した人とモノの関係性を明らかにすることを目的としている。特に、壺屋焼・読谷村焼の次世代を担うと期待される見習いに着目し、彼ら・彼女らが見習いになった経緯や生活の中で抱く感情を聞くことを通じて、焼物を中心にした人々の流動的関係性を考察していく。
本調査から、性別や年代の異なる人々が陶工見習いになる動機は千差万別であり、どの工房で働くかにはある程度の偶然性が関係していることがわかった。また、見習いの継続年数も工房によって大きな開きがあることが確認できた。
 今後は、本調査では行けなかった工房にも調査に行き、壺屋焼・読谷村焼を取り巻くコミュニティの全体像の把握に努めたい。

研究の背景と目的

 本調査の目的は、沖縄県の伝統工芸品「壺屋焼」とその系譜を受け継ぐ「読谷山焼」を対象とし、作り手である陶工と見習を中心に、焼物を取り巻く人とモノの関係性を明らかにすることである。
 壺屋焼・読谷村焼の陶工は原材料の調達から窯の製造・修繕に至るまでを自身、並びに見習いの手で行っており、焼物の焼成には陶工・見習い同士、および地域コミュニティ間の協力が不可欠であるとされている。しかし、壺屋焼・読谷村焼とそれを中心に広がる人とモノの関係性を対象とした詳細な研究はほとんどなされていない。
 そこで、本調査では壺屋焼・読谷山焼のネットワークを拡大するために欠くことのできない沖縄県内外出身の見習いに焦点を当て、彼ら・彼女らへのインタビューを通して焼物を中心にした人々の流動的関係性を考察していく。

工房Iでの作業風景:土練機(2021年3月2日筆者撮影)

調査から得られた知見

 今回の調査では、見習いの方たちへのインタビューと、調査をする際の工房内での信頼関係を築くことに重点を置いていたため、筆者自身、沖縄県中頭郡読谷村内の工房Tで31日間職人見習いとして働きながら参与観察を行った。また、同工房以外にも読谷村内の別の工房Kと那覇市内の工房Iで、見習いの方を対象にした半構造化インタビューを行うことができた。そのほか、読谷村内・那覇市内のやちむん販売店では売れ筋商品や購入者の情報に関する聞き取り調査を行い、読谷村役場商工観光課からは、村内の観光資源として「やちむん」がどのようにPRされているのか等の情報を入手することができた。
 本調査で得られた知見は、第一にインタビューからは、見習いの方々が焼物見習いになる動機は多種多様である一方で、どの工房で働き始めるかといった点に関しては偶然性を回答した人が多かった。また、見習いの継続年数も工房によって開きがみられた。例えば、同じような勤務日数・仕事内容でも、ある工房では見習いの平均継続年数が23.8ヵ月(調査時)である一方、別の工房では平均継続年数が96ヵ月という違いが見受けられた。
 次に工房Tでの参与観察からは、陶工、見習い、パートと異なる雇用形態の1日のタイムスケジュールや、曜日や季節ごとの仕事内容の変化を知ることができた。また、工房KとIを比較対象に、製品の焼成頻度や仕事内容は工房によって大きく異なることが確認できた。
 最後に、読谷村役場観光課に向けて行った聞き取り調査では、やちむんのPRとして
やちむんに特化したパンフレット「ヤチムン散歩」、冊子「旅とヤチムン」の発行・配布を行うほか、旅行博で観光素材として紹介、企画展として販売を行うなど、県外プロモーションにも力を入れている、といった回答が得られた。

今後の展開

 今回の調査では工房T以外の工房で見習いとして働くことができなかったため、ほかの工房の詳細な情報を得ることができなかった。また、見習いとして働きながら調査をすることは時間的・体力的に難しく、次回の現地調査ではそれらの点を踏まえた調査計画を練る必要があることを痛感した。
 さらに、新型コロナウイルスの影響で工房内見学を停止している工房が多く見られ、見学できた工房の数が限定的であったこと、ならびに、やちむん関連のイベントも中止になるなど、普段の壺屋焼・読谷村焼を取り巻く環境を十分に知ることができなかった。一方で、このような緊急事態下にあっても、各工房では製品の新たな販路を模索するといった柔軟な対応を積極的に行っていた。
 これらの点を踏まえ、今後は工房T以外の工房でも見習いとして働きながら、各工房の差異をデータ化していき、壺屋焼・読谷村焼をめぐるコミュニティの詳細な全体像の把握に努めたい。

参考文献

 那覇市立壺屋焼物博物館.2015.「現代沖縄陶芸の歩み」(展覧会図録).
 松井健.2002.「沖縄の焼物における伝統の問題―工藝の人類学のために―」記念論集刊行会(代表 朝岡康二)編『琉球・アジアの民族と歴史―国立歴史民俗博物館比嘉政夫教授退官記念論集―』榕樹書林.

  • レポート:前田 夢子(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)沖縄県那覇市・読谷村
  • 渡航期間:2021年1月21日から2021年3月4日
  • キーワード:沖縄、徒弟制、焼物、ものづくり

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