京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マダガスカル北西部農村におけるマンゴーと人の共生関係――品種の多様性とその利用――

写真1:マジャンガ大学におけるマンゴー食味官能評価試験の被験者と調査助手たち

対象とする問題の概要

 栽培植物は常に人間との共生関係の中で育まれてきた。植物の品種を示す言葉は複数あるが、本研究の関心は地方品種にある。地方品種は、地域の人々の栽培実践によって成立した品種として文化的意味を含んでおり[Lemoine et al. 2023]、農業分野でいう一代雑種「F1」とは異なる成立背景を持つ。
 マダガスカル北西部の熱帯半乾燥地域の景観の中で、マンゴーは際立った栽培植物である。農園で商業的に生産されているものもあれば、居住地周辺で自家消費されているものもある。それらのマンゴーの樹々は、自生したもの、植栽されたものなど、その由来、栽培や管理の強度も様々である。さらにマダガスカルのマンゴーの歴史は比較的浅いにも拘わらず[François 1927]、北西部一帯で30種を超える多様な地方品種が成立している。
 地域の景観は人間活動と在来の自然環境の複雑な相互作用の上に成立しているため[Bridgewater et al. 2019]、栽培植物の地方品種は生物文化多様性が生み出す景観を読み解く糸口となりうる。

研究目的

 本調査は、マダガスカルでどのようなマンゴーの地方品種が成立しているのか、また人々によって、どのように各品種が利用されているのかを明らかにすることで、栽培植物における現在進行中の地方品種の成立や消滅の過程を理解することを目的として実施された。
 広く認知されている品種、また各品種にたいする人々の認識を知るため、マンゴー生産が盛んな地域の東端から西端までの国道4号線沿いの町村で、地域住民およびマンゴー販売者への聞き取り調査を実施した。さらに、人々がどのように味の特徴を感じ取っているのかを明らかにするために、マジャンガ大学でマンゴー品種ごとの食味官能評価を実施した。上記の調査のうち、本稿ではとくに食味官能評価試験について取り上げる。

写真2:マジャンガの市場にならぶマンゴー

フィールドワークから得られた知見について

 マジャンガ大学の学生寮にて、学生を中心とする69名を食味官能評価の被験者とした。被験者は品種名が隠蔽された5つの異なるマンゴー品種の果実を試食し、甘さ、酸っぱさ、繊維感、香りの強さ、汁気の多さという5項目を評価した。また最後に各サンプルがどの品種のものであったか、品種名を予想してもらい、さらに好ましく感じたサンプルを問うアンケートも実施した。当初は、フラッシュ・プロファイリング(FP)[Delarue 2014]を評価方法として計画していたが、二つの困難に直面し、方法を修正することとなった。第一に、食物の味は複数の要素が混合して認識されるため、訓練を経ていない一般の人々にとって、味の構成要素を分解して項目ごとに評価する作業が困難であった。第二に、登熟度や個体そのものの甘さなど、品種内の変異が大きく、均質性が確保されないことも問題であった。
最終的に、サンプルを試食し、その味に関する項目を試食の都度、個別に描写してもらうという方法をとった。調査の結果、以下の三項目を明らかにした。
①反復のために含められた、同一品種の食味への評価が互いに一致することは稀であった。つまり、食味に関する評価には、同一品種であっても個体差や被験者個人の感じ方が影響し、ばらつきが生じると考えられる。
②「Diego」「Esy」「Zanzibar」という特定の3品種は、被験者が試食ののちに予想するサンプルの品種名として回答の上位3種を占めた。後者2品種は食味の印象とも名称の一致率が高く、名称とともに食味も被験者によく認知されていることをうかがわせた。
③各品種と、回答された品種名の一致率は、サンプルA~F(AとEは同一品種)それぞれ、(A)0%、(B)30.4%、(C)0%、(D)36.2%、(E)0%、(F)34.8%であった。このうち、サンプルDは「Diego」、サンプルFは「Zanzibar」であった。食味と品種名の一致率が0%であったサンプルA,C、Eはいずれもマダガスカルへの導入が新しい品種であり、被験者への認知度が低かった。

反省と今後の展開

 第一に、インタビュー対象者に徹底して調査の目的説明を実施し、同意書への署名を求めたものの、一部の人々に、調査者が「土地を買いに来た外国人」と誤解され、歓迎されないこともあった。第二に、官能評価試験では、事前にデザインしていた計画と、調査者と被験者の理解が乖離しており、大幅に方法を変更せざるを得なかった。
地域住民との相互理解を確実にするために、調査対象者以外の地域住民へも、調査実施に関する丁寧な説明が必要である。また、確立している方法以外で調査を実施せざるを得ない状況を想定し、必要なデータの性質、そして現場と人々の実態を予備調査により正確に把握しておく必要がある。次回以降の調査では、今回の反省を踏まえ、マンゴーの栽培が盛んな北部地域で同様の調査を実施する。マダガスカルのマンゴー生産の中心である北西部地域全体をカバーする研究となることが期待される。

参考文献

 Lemoine, T.,Rimlinger, A.,Duminil, J.,Leclerc, C.,Labeyrie, V.,Tsogo, M.,Carrière, S.M.,2023. Untangling Biocultural and Socioeconomical Drivers of African Plum Tree (Dacryodes edulis) Local Nomenclature Along a Rural-Urban Gradient in Central Cameroon, Human Ecology,51: 721–736.
 François, E, 1927. La production des fruits à Madagascar, Revue de botanique appliquée et d’agriculture coloniale 75(7): 713-724
 Bridgewater, P. Rotherham, I.D,2019. A critical perspective on the concept of biocultural diversity and its emerging role in nature and heritage conservation, People and Nature 1(3): 291–304.
 Delarue, J.2014. Flash Profile, In Varela,P. Ares, G ed., Novel Techniques in Sensory Characterization and Consumer Profiling:175-202.

  • レポート:篠村 茉璃央(2022年入学)
  • 派遣先国:マダガスカル共和国
  • 渡航期間:2023年9月4日から2024年2月5日
  • キーワード:マンゴー、地方品種、ランドレース、景観

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